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2017年度の作品

No.7 『 出会いに感謝 』 広大附属中・清心中・女学院中/Nさん

「おなまえもかけないの?」と先生に言われて泣いたと、試験場から目を腫らして出てきた娘を見てショックを受けた。お受験対策をまったくせずに小学校受験の模試を受けさせた私に一番の責任があるが、文字習得は小学校からとの前提のもとの試験ではないのかという「怒り」が、小学校終了時には最高レベルの学力を身につけさせようと私を駆り立てた。中学受験をするかしないかは、そのレベルに達したら子どもにまかせようと考えた。
 小学校に入ってから「家庭学習ノート」のやりとりを始めた。学力テストで群を抜く秋田県での取り組みだ。毎日簡単な計算問題を書いて解かせたり、ひらがなのしりとりを書かせたり、地図の色塗りをさせたり。時には子供が私に問題を出してきた。とにかく「書く」ことに徹底的にこだわった。小学校中学年になり、そろそろもう一段階上へというときに、「家庭学習研究社」に出会った。入塾説明会での、「勉強ばかりしている子が試験に受かることはありません。友達と遊んだり、スポーツに熱中したり、本を読んだり、小学生生活をしっかり過ごして、家庭とともに子供を導きましょう。」という校長先生の言葉に大いに納得した。私が積極的に子どもの勉強に関わったのは、この入塾までの3年間だったと思う。
 4年の夏期講習からの塾の生活は、慣れない通塾と人見知りの性格のために、決して楽しく通っていたという記憶はない。それでも宿題をこなし、いやだと言わなかったのは、居心地の良いものだったからだろう。学校の勉強も、それまで国語に力を入れていたのが(街なかにあるので様々な国の親をもつ子どもが通っていた)弱い算数に特化するようになり、毎日「算数日記」という授業で習ったことをグループで話し合い間違いを指摘し感想をまとめ4~5ページに書くという(過酷な!?)宿題を課されていた。この日記は6年の現在まで「理科日記」「社会日記」と増殖していき、今は「卒業日記」で6年間を振り返るという形で続いている。中学受験生を持つ親の間で、もう勘弁してくださいと愚痴りあっていた。
 しかし、5年になると4教科になり、マナビーテストの順位が徐々に上がってきた。国語は友達と本を貸し借りして通塾中にもよく読んでいたが、特に熱心に勉強することはなかった。算数は予習の段階でできない問題も多かったが、講義を聞いて理解しテストで間違えた問題は復習ノートに書き込み反復した。社会、理科に関しては、受験を迎えるまで安定していた。ある日通塾用のカバンを見てみると、4~5冊の単語帳にびっしりとそれぞれの教科の要点を自分で書き込んでいるのを見つけた。理科は植物や微生物のイラストまで細かく記してあった。暗記をするのにはやはりアウトプットが効果的なのだなと他人事のように感心した。
 高学年になって早くも思春期に入りかけた娘は、親から距離を置こうとしていたので、その分塾の先生にささえてもらった。塾の最後の保護者説明会で校長先生が「今年の子どもたちは例年になく活動的(うるさい!?)」と話されたのがおおいにうなずけたので、受験初日の朝にお会いしたときに、真っ先にお詫びした(笑)。普段は友達としゃべりまくり、大人びた行動をとる娘だが、受験初日の前日、学校から帰るなり洗面所にこもって大号泣した。学校で何かあったのかと肝を冷やしたが、友達に「がんばってきてね。」とエールをもらったとのこと。大人びていても12歳、とてつもない緊張のなかにいたのだろうと反省しきりだった。懸案の面接は、「M先生ほど厳しくなくてリラックスできた。」とのこと。M先生が姿勢や話す内容をしっかりチェックしてくれたおかげなのを、わかっているのかいないのか(笑)感謝である。
 最後に娘を含め中学受験に挑んだ子どもたちが、これからの人生でこの貴重な経験を生かし、学びを深め、最終的にはその学びを、自らがそうしてもらったように人のために生かす道を歩んでいくことを期待し、感謝をもってこの拙文を締めくくりたい。

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