子どもの幼さをどう解消するか

2月 8th, 2010

 先週の月曜日には、わが子の中学受験を思い立ったものの、“幼稚さ”という思わぬ落とし穴に気づいて愕然となった作家のことをご紹介しました。

 こういう例は、枚挙にいとまがありません。というより、それこそが中学受験で子どもたちのだれしもが乗り越えなければならない壁なのです。特に男子の場合、この壁を乗り越えるための苦労が大変なのです。ただし、受験生である子ども自身は無邪気なもの。「このままではいけない」と、焦ってあくせく苦労を強いられるのは親なのです。無論、指導を担当する者も同様です。

 筆者は、長年6年生の男子の国語指導を担当してきましたので、この種の問題と縁が切れることはありませんでした。

 ところで、わが子の幼稚さを解消するために、件(くだん)の作家が試みた方法とはどのようなものだったのでしょうか。

 「とにかく何かを始めなければならない」ということで、漢字の問題集を買い求めたそうです。なぜなら、文章を読みとるには漢字をちゃんと読めることが大前提だからです。そこで、漢字も書き取りではなく読みのほうを重要視して子どもに取り組ませました。

 ただし、問題集に載っている熟字訓や難しい熟語などを見ると、大人でもちゃんと読めないような難しいものがたくさんあります。たとえば、流布・成就・師走・由緒・形相・素行・体裁・出納・相殺・律儀・権化・建立・行脚など。こういった熟語を意味から理解して読み方を学ぶのは大変です。「こういうものは丸暗記しかない」と思って、とにかく子どもに丸暗記させようとしたのですが、やがてこういった難しい熟語が素材文にそうそう登場するものではないということに気づきました。

 このような試行錯誤を通じて、その作家はあることに思い至りました。漢字の学習の甲斐あってか、難しい漢字をかなりの数読めるようになったというのに、相変わらず文章の読みが遅いのはなぜか。それはごく普通の漢字につまずいてしまうからでした。以下は、その作家の本からの引用です。

 文章を読むために必要なのは、次のようなごく普通の漢字の知識だということが、ようやく私にもわかってきた。

日常使う言葉 こういった日常用語を読みこなし、意味を理解すること。しかも、一つ一つの単語にひっかからずに、流れるようにすらすら読んでいくことが、長文を理解する鍵なのだ。

 抽象語の理解も大切だ。「調和」とか「博愛」とか「民主主義」とかいった、目で見えるイメージにならない熟語の意味を把握することは、子供にとっては大きな負担なのだ。しかし入試の長文では、そういった抽象語がキーワードになることが多い。

(中略)結局のところ、言葉というものは、日常生活のなかで、自分で遣って覚えるものだ。ところが、わが次男は、精神年齢がきわめて幼くて、いまだに「おなか、すいた」「これ、ほしい」「あれ、何」といった、文章にもならない断片的な会話しか交わせない。だから、「速やか」とか、「早急に」などといった言葉は、彼にとっては外国語みたいなものだ。

 おそらく、この作家は息子さんの語彙力増強に向けていろいろな手を打ったのでしょう。このとき息子さんは5年生でした。5年生といえば、人間の生涯で一番語彙数の増える年にあたります。つまり、記憶力の最も優れる年齢期にいます。ですから、やったらやったなりに語彙は増えていたのではないかと思います。

 しかしながら、ただ片っ端から新しい言葉を覚えようとしても、それは読解力の増強にはつながりません。言葉が実用語彙として身につくには、実際の生活場面で何度も耳にしたり(話し言葉からの語彙獲得)、読書の繰り返しのなかで同じ言葉に度々出会ったり(書き言葉からの語彙増強)する経験が不可欠です。そうやって初めて、ニュアンスも含めて理解したり、使い分けたりできる言葉になるのです。ですから、そうそう目に見える成果にはつながらなかったのではないかと思われます。

 中学受験に関わっていて、いつも思うのは「親のありがたさ」です。この作家も、結果を先読みして失望してしまうのではなく、わが子の受験に結果を得させてやろうと、最後まで粘り強くわが子にとって善いと思われることを働きかけておられます。そうした親の涙ぐましいサポートは、受験の結果を超え、親子が永遠に記憶する共通の思い出になることでしょう。

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