試練があるから大きくなれる

3月 1st, 2010

 中学入試の会場に行くと、高校や大学への受験ではあまり見ない光景を目にします。そう、ほとんどの子どもが親つきなのです。小学生の受験ですから当然のことです。

 しかしながら、もう思春期の入り口に立つ年齢の子どもたちですから、不安げに親にピッタリ寄り添っているような姿はあまり見かけません。入試会場に到着する子どもたちの様子を見ると、ぶっきらぼうな顔をして親から少し離れて歩いたり、無言で並んで歩いたり、親と一緒にいるのを恥ずかしそうにしたり・・・・・・。

 そんなわが子に対して、おかあさんがたは優しい表情でわが子を気遣ったり、心配げになにやら話しかけたりしておられます。このような様子を見るにつけ、親の子どもに対する愛情や期待がどんなに大きいかを痛感せずにはいられません。

 ある年の中学入試でのことです。広島の私立最難関校で知られる中学校の入試でもあり、会場前のグランドは、受験生、親、塾関係者などでぎっしりと埋め尽くされていました。その当時、受験生は受験番号順にグランドに整列し、校長先生が激励の言葉を述べられてから、プラカードを手にした先輩に導かれて一斉に入室していました。この物々しい雰囲気は、今でも鮮明に記憶に残っています。

 さて、受験生の入室がすっかり終わりました。気がつけば、直前までの喧噪が嘘のように静まり、校庭は人影もまばら。そこで、入試応援のために駆けつけた私たちも役割を終え、会場を後にすることにしました。そんなとき、背後から「先生」と筆者を呼び止める静かな声がしました。

 振り返ると、担当クラスのM君のおかあさんでした。「先生、うちの子の性格をご存じでしょうか」 おかあさんは意外な話題を切り出してこられました。「落ちつきがあって、しっかりとしておられると思いますが・・・・・・」――そう答えたものの、おかあさんの真意がわかりません。「先生、あの子の欠点は、見かけと裏腹に気が小さくて緊張に弱いことなんです」 そう言って、一礼して立ち去るおかあさんの姿を見送っているうちに、やっとことの次第が飲み込めてきました。

 M君は、今日の第一志望校入試の前に、第二、第三志望校の入試を終えていたのですが、いずれも失敗していました。先ほどのおかあさんの言葉は、「わが子の入試は終わりました」という、敗北宣言のようなものだったのでしょう。

 おかあさんの言葉が頭の中を駆けめぐり、なんだかとても重いものを受け取ったような気持ちになりました。重圧と闘いながら試験に臨むM君の心境は、いかばかりでしょう。M君が入室した校舎のほうを見上げ、私たちは「がんばれよ!」と、彼の奮起を念じるばかりでした。

「そうだったのか・・・・・・」小学生にしては大人びた彼の風貌は、気弱で緊張しがちな少年と全く結びつきません。本来の力を発揮すれば合格して当然の彼に、弱気という自分の中の敵がいたのです。おそらく彼は、最初の入試でプレッシャーに負け、我を忘れてしまったのでしょう。思いがけない失敗に、彼の自信は根底から揺さぶられ、悪循環を招いたに違いありません。もはやわが子の入試は終わった。そう、おかあさんは覚悟を決められたのだと思います。

 窮地に立ったとき、開き直れる人間がいます。しかし、彼の性格ではそれも難しいかも知れません。もはや、残念な結果を待つだけなのでしょうか。「もっとメンタルな面にも気を配り、何らかの対策を講じるべきだった」そんな後悔をしたものの、後の祭りです。

 ところが、彼はやりました! 自分の弱気に打ち勝ち、最後のチャンスをものにしたのです。第一志望校であったあの私学に、見事合格したのです。何ということでしょう。

 崖っぷちに立たされたとき、彼が何を思ったかは未だにわかりません。しかし、最後の最後に意地を出し、がんばったことだけは確かです。試練を克服したとき、彼はきっと「もう、こわいものなどないぞ!!」と、大いなる自信を手にしたことでしょう。

「最後まであきらめるな」と、子どもたちにはよく言います。しかし、気休めなどではありません。子どもは、いざというときに信じられないほどのがんばりを発揮することもあるのです。このがんばりの源が何かはわかりません。しかしながら、おかあさんから注がれる愛情がその一つであることは間違いありません。
 

Posted in アドバイス, 中学受験

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