実体験が不足した子どもはどうなる?

3月 4th, 2010

 いきなり質問を浴びせるようで恐縮ですが、次の三つのなかで実際にあったできごとはどれか選んでみてください。

  1. 1. 「カブトムシが動かなくなった」と言って、電池を買いに行く子どもが現れた!
  2. 2.ある大学のクラスで、学生の約57パーセントが、4本足のニワトリを描いた!
  3. 3.バードウォッチングをしていた少年が鳥を見て、「あれはニセモノだ!」と叫んだ。

 さて答えですが、三つとも本に「実際にあったこと」として紹介されていた話です。

 カブトムシについて。10年くらい前でしょうか。ある理科系の教育専門誌にショッキングな記事が載って話題になりました。“日本の理科教育が危ない!!”というタイトルのその記事には、次のようなことが書いてありました。「ある小学生の子どもが、カブトムシを買ってもらった。カブトムシが死んだのを見て、『カブトムシが動かなくなった』と、その子どもがコンビニに電池を買いに走った。生き物としてのカブトムシを全く理解せず、『動かないのは電池が切れたから』と反応する日本の子ども。これは、日本の理科教育の危機を示すものではないか……」 以来、同じ記述を紹介した本を読む機会が何度かありましたが、それだけ衝撃的でインパクトのある記事だったのでしょう。

 次は、4本足のニワトリについて。ある大学の理科教育法の教授が、著書に記述しておられたことですが、学生にニワトリの絵を描かせたところ、4本足のニワトリを描いた学生が少なくなかったというのです。やはり大学で教育現場に立っておられる先生が、「本当だろうか?」と、同じことを試してみたところ、何と57%の学生が4本足のニワトリを描いたそうです。

 三つ目の「あの鳥はニセモノだ」と叫んだという話について。鳥類図鑑を携えてバードウォッチングをしていた少年が、木にとまっている鳥を見て、「あの鳥は間違っている」と言ったという話が鳥類研究家から報告されていたそうです。

 以下は、二つ目の話を紹介しておられた先生の著述の一部です。

 この事実には、日本の教育の本質が表れていると見ることができる。知識の習得の仕方が具体を離れて抽象化を急ぐあまり、目的化してしまっている。スズメ、ニワトリ、ハトをひっくるめて「鳥」といい、鳥は空を飛ぶ動物であるという知識・概念を覚えてしまっている。そのために、図鑑が正しくて自然は間違っているという本末転倒の認識ができあがり、それを何とも思わない。そこに、いかにして図鑑ができあがったかという、その過程が切り捨てられているのである。問題なのは、小学校や中学校の基礎的知識を形成する時代に、具体を離れた知識を多く身につけると、その上にいくら知識を積みあげても砂上の楼閣になる危険性があることである。鳥が4本足であるという誤った知識をもつと、それを前提にものを考えるので、鳥が採餌するときや交尾行動を想像することは困難になり、思考を深めることはできない。若者がものを深く考えることを苦手とするのも、こんなところに原因があるのではないか――

 知識を真に意味のあるものにし、思考の手だてにするには、実体験の場で事物を直に見、手に取ってみたり、触れてみたりする必要があります。それが、言葉で伝えきれないそのものの性質や属性までも理解することにつながり、思考を進めていく際の手助けをしてくれます。自分が実際に知っているものを頭に思い浮かべるのと、実態のよくわからないものをイメージするのとでは、思考そのもののあり方が違ってくるのは当然のことでしょう。

 無論、人間はこの世に存在する全ての具体物を直に見ることはできません。しかし、そうした体験が豊かであれば、それだけ似たものを類推する力も備わります。言葉だけの知識を丸飲みにしても、それは考え、思考していく脳の働きを助けてはくれません。

 先ほど、「図鑑が正しくて、実際の鳥の方が間違っている」と言った子どもの話をご紹介しましたが、これは知識獲得の道筋を誤るとどうなるかを教えてくれる事例でしょう。たとえその鳥を見たことがなくとも、野鳥を目の当たりにする経験を豊富にもっていた子どもなら、このような反応をすることはないと思います。また、図鑑で確かめたときに、「どの鳥の仲間か」という発想から、野鳥に関する知識をさらに拡充させていくことでしょう。また、「4本足のニワトリを描く学生」にしても、鳥類というカテゴリーの特色をたくさんの事例で知っており、さらには家畜としてのニワトリの歴史を思い起こしていく視点をもっていれば、「飛ばないから4本足」という短絡的な考えに陥ることはなかったのではないでしょうか。

 図鑑がいくら精巧に出来ていても、ネット検索がいくら発達しても、具体物で実際に確かめることを軽視してはならないということを、改めて考えさせられる話です。

 もうすぐ春休みです。テーマパークなども楽しいでしょうが、お子さんと一緒に魚釣りに出かけたり、森の探索に出かけたりするなど、自然にふれる体験も予定に組み入れてみたらどうでしょうか。

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