進学塾のテキストは難しいほうがよい?

6月 3rd, 2010

 以前、「易しいテキストが私たちの優しさ?」というタイトルで当ブログの記事を書いたことがあります。その記事においては、「合格に差し支えない範囲で、できるだけテキストの内容を易しくするよう心がけている」という、私たちのテキスト制作における方針をお伝えしました。

 ところが、一般に中学受験の世界では、難しい問題を中心に編集されているテキストのほうが好まれるそうです。そのせいでしょうか。弊社の中学受験用のテキストも、「易しすぎる」という指摘を受けることがあります。

 昨年、大都市圏の進学塾の関係者にお会いしたとき、たまたま「テキストは難しいほうがよいのか、それとも易しいほうがよいのか」という話題がもちあがりました。すると、その人曰く。「テキストは難しいほうがよいか、易しいほうがよいかという議論は意味がありません。大都市圏では、テキストが易しいと、それだけでクレームになるんです」――つまり、学習塾の考えはさておき、テキストの問題が易しいと、それだけで保護者に「これでは受かるだけの学力がつかない」という印象を与えてしまうのです。そして、不安になった保護者から文句や苦情が寄せられることになるのです。

 かつて、その学習塾はテキストを易しい問題中心に変えたことがあるそうです。すると、保護者からクレームや批判が殺到しました。やむなく、翌年は難しい問題を中心に編集されたテキストに戻したそうです。

 全く歯が立たない難問があったとしても、レベルの高い問題があることで保護者が安心する。だから、テキストは難しくしなければならない。そういう理屈なのだそうです。「ですから、うちでは始めから扱わないと決めている難問でも、敢えてテキストに載せています」とおっしゃっていました。

 家庭学習研究社は、どうやら易しいテキストを意図して制作している例外的な進学塾のようです。それでも編集方針を変えなくてすむのは、このテキストで何十年も前から実績をあげて保護者からの信頼を確立したことや、基礎内容を出題の中心とした広島という地域の入試事情によるのだろうと思います。そのことについては、以前このブログに書きましたね。

 さて、これは心理学の世界でかなり有名な話なのでご存知かもしれません。人間の意欲は、成功する見込みが50%ぐらいのときにいちばん高まるのだそうです。易しすぎる問題では征服感も達成感も得られません。子どものやる気を増幅させる成功体験にはならないのです。逆に、難しすぎるといくら考えてもわからないので、意欲はしぼんでしまいます。「自分はダメだ」と、自信を失ってしまう怖れもあるでしょう。

「やるぞ!」「何としても解きたい!」という意欲を引き出し、「やったぞ! 解けた!」という効力感を与えてくれる学習こそ、子どもたちに求められるものです。それを達成させてくれるのは、成功か、失敗かの確率が五分五分ぐらいの課題なのです。そのことを踏まえるなら、入試用のテキストも、受験生の平均的レベルから割り出した五分五分をねらって編集されるのがベストではないでしょうか。

 この観点から、今一度弊社のテキストに載っている課題の平均難易度を検証してみると、「なかなかよいバランスで編集されている」と、改めて筆者は思いました(手前味噌ですみません)。

 実際に弊社のテキストを使って学んでいる子どもたちはどうでしょうか。少なくともここ数年、「こんな易しい問題ばかりでは、やった気になれないし、もの足りません」といったような反応は一つもありません。

 私たちが心配しているのは、むしろ逆の反応です。近年少しずつ私たちの「易しい」と言われるテキストをやりこなせないお子さんが増えているように思います。そういう状態のお子さんが、「全部やらないといけない」と思ってしまうと、受験勉強はつらく苦しいものになってしまいます。

 同じ中学受験をめざすといっても、子どもたちの学力状態はいろいろです。そして、その上下幅が徐々に大きくなっているとすれば、そのことにも配慮しなければなりません。かといって、難易度を変えた何種類ものテキストをつくるのは塾の経済力から言って無理ですし、そういうことをすると、受験生やその保護者に無用の差別感を与えてしまいます。

 以上から私たちは考えます。入試の実状と受験生の学力状況をみながら、「易しすぎず、難しすぎず」の最もよいバランスをめざしてテキストをつくる。一人でも多くの子どもたちが達成感や征服感を味わいながら、勉強に対する志向性を高めていけるようなテキストをつくる。困難なことですが、それを達成すべくあきらめずに追求していくしかありません。

 中学受験は、合格者と落伍者を振り分けるためにあるのではありません。すべてのお子さんの将来にとってプラスの作用をもたらさなければ意味がありません。子どもたちの意欲や自信を左右するのがテキストです。易しすぎず、難しすぎずのバランスをどうとるかの大切さについて、改めて肝に銘じたしだいです。

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