おかあさんが一緒に落ち込まない
12月 13th, 2010
入試が近づいてくると、受験生のお子さんはもとより、見守っておられる親御さんも平常心を失ってしまうことがあります。これは女のお子さんとおかあさんの関係において多く見られることですが、お互いの不安をそのまま口に出してしまい、それがますます心理状況を悪くするケースがあります。
たとえば、わざわざ口にしなくとも子どもが十分に自覚しているのに、おかあさんがまるで念を押すかのようにそのことを口に出しておっしゃることがあります。
「この成績じゃ、志望校への合格はあり得ないよね、ハー(ため息)・・・・・・」「こんなんじゃ、どこも受からないかもよ。どうする?」など、これ以上ないネガティブな言葉を漏らしてしまうおかあさんもおられるようです。
心を許している相手には本音を言いたくなるのが人間です。しかしながら、成績が下がっていちばん不安に陥っているのは他ならぬわが子。そのわが子に状況の厳しさを語るのは酷と言うしかありません。おかあさんには、「誰よりも自分がわが子を元気づけなければならない立場にあるのだ」と自覚し、お子さんの不安を助長するようなことのないようお願いしたいものです。
ある年の1月、所用があって校舎に立ち寄ったとき、ちょうど面談を終えた6年生の女の子が面談室から出てきました。見ると、その女の子は泣いています。さっそく担当者に「ちょっと、ちょっと、もうすぐ入試なんだから、泣かせちゃだめだよ」と冗談めかして注意を促しました。すると、面接の担当者は「とんでもない。泣かせたのは僕ではなくて、あの子のおかあさんみたいなものですよ」と切り返してきました。
なんでもその女の子の家では、おとうさんが単身赴任で遠方に出張しておられ、おとうさんの留守中に中学受験を迎えることになったのだそうです。ところが、入試が近づいてくるうちに成績が下がり始めました。そこで動揺したおかあさんが、娘さんに「このままじゃ、○○中学受かりそうもないね。落っこちたらおとうさんに申し訳が立たないから、一緒に心中しよう」と言ったらしいのです。
もはや、こうなると励ましでもアドバイスでもなく、脅迫です。おかあさんにしてみれば、不安を少し大げさに表現しただけのことかもしれません。あるいは、檄を飛ばすつもりだったのかもしれません。しかし、言われた娘さんがどう思うかについて、もっと想像力を働かせるべきだったのではないでしょうか。普段は明るい性格のお子さんでも、自分の進路が決まる人生初めての試験ですから、親が思うよりもずっとナーバスになっているのですから(なお、そのお子さんは無事に合格しました)。
ずいぶん前のことですが、6年生の女子クラスを担当していたときのことです。いつも明るくて爽やかな笑顔を浮かべている、クラスのムードメーカーのような役割を果たしてくれていた女の子がいました。ところが、入試が近づいてくるうちにその子の様子が変わってきました。何かにつけとげとげしい反応を示したり、イライラをぶつけるような態度をとったりするのです。
そしてついには、「いくらなんでも、態度が悪すぎる」と、こちらも我慢の限界に達するような出来事が起こりました。「もはや放っておけない」と思い、翌日家に電話をしてみました。するとおかあさんが出られ、「先生、いいときに電話をしてくださいました。実は娘が寝込んでしまったんです。元気づけてやってくださいませんか」とおっしゃいました。
電話に出た彼女は、もはやどんな激励の言葉も効き目がないほど、元気を失っていました。初めて経験する入学試験の重圧に、日に日に気持ちが追い込められ、とうとう耐えられなくなってしまったのです。そのことに気づくのがあまりにも遅すぎました。「何でもっとその子の心の状態に気づき、早く対処してやれなかったのか」と、今でも悔やまれてなりません。
親が常に先回りして心配するのが中学受験です。しかし、入試本番を前にしたら、もはや親は心配の言葉を発するべきではありません。子ども自身が、重圧や不安と必死に闘っているのですから。「親はどんな結果も受け入れてやる」――そういった、泰然自若とした態度でお子さんの最後のがんばりを見守ってあげていただきたいと思います。
わが子を、人生で最初の試練にベストコンディションで送り出す。それが、大詰めにおける親のいちばんの仕事であろうと思います。