家庭教育に求められるハビトゥス

4月 18th, 2011

 今日の話題は小難しくて敬遠されそうですね。「ハビトゥス」は、教育熱心なご家庭に有用な示唆を与えてくれる言葉だと思い、敢えて取り上げてみました。よろしければお読みください。

 先日ある私学を訪問したら、校長先生が「最近、東京あたりの私学では『ハビトゥス』がしきりに取り上げられています。うちでも教育実践のスローガンに掲げようかと思っています」というようなことをおっしゃいました。

 「ハビトゥス」は耳新しい言葉かもしれません。筆者は教育社会学系の本を好んで読むため、そうした本にあったのを思い出しました。ただし、どういう経緯で生まれた言葉なのかをとっさに思い出せませんでした。すると、校長先生が「フランスのブルデューという学者の文化資本論という本にある言葉です」と教えてくださいました。

 ここまでの内容で、ますます先を読む意欲を失った人もあるかもしれません。わが子を私学に入れようと検討しておられるご家庭のお役に立つ点があると思いますので、この先もぜひ読んでいただけたらうれしいです。

 「ハビトゥス」から英語の「ハビット(日本語の「習慣」の意)」を連想された人もおありでしょう。それは間違いではありません。「ハビトゥス」は習慣によって形成される個人の生きかたのようなものだからです。筆者の所持する本には、「長い間積み重ねられた慣習的な行動や経験の結果として、個人に形成されていく生き方や行動の構えのようなものだ」とありました。

 ブルデューという学者は、集団や家庭の「再生産戦略」について研究した人です。人間の多くは、教育レベルにおいても生活レベルにおいても、自分の代より子どもの代のレベルアップを図ろうとします。それを「再生産戦略」と言いますが、この戦略の柱になるのが「婚姻戦略(誰と結婚するか)」と「教育戦略(わが子をどう教育するか)」であるとブルデューは考えました。

 このうちの「教育戦略」は、子育ての最中にあるご家庭の参考になると思います。たとえば、「寸暇を惜しんで読書する人間になるか、自由な時間の大半をその場しのぎの遊びに費やす人間になるか」は、どんな教育を受けて育ったかの表れです。学習の計画性や実行力、現状を振り返る姿勢など、自己の能力開発に欠かせない姿勢も、ハビトゥスの形成のされかたで決まってきます。学力や知性、教養を志向するご家庭にとって、「ハビトゥス」は重要な鍵を握る要素なのです。

 ブルデューは、再生産に役立つものとして、「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」の三つをあげています。経済資本は、言うまでもなくお金です。文化資本は、家庭の文化レベルです。社会関係資本は、人のつながりが生み出す力のことです。その中で、「文化資本」にブルデューは着目しました。

 文化資本には、「家庭にある文化的な物(本や楽器・美術品など)」、「親の学歴や資格など」、「ハビトゥス(習慣によって獲得された行動様式や生きかた)」の三つがあります。

 なぜ、今日の日本の私立学校が「ハビトゥス」に注目しているのでしょうか。学校が「望ましい学びかた・生きかた」のできる人間を育成する。それには、学校だけの努力では無理で、教育に深い関心を寄せ、金銭的にも投資を惜しまない家庭と連携することが前提となります。公立の学校では得られない教育成果として、私立学校がハビトゥスに着目したのは、そういう理由もあってのことだと思います。

 ただし、ハビトゥス自体は家庭教育を主体に形成されるべきものです。学校はその必要性を家庭に働きかけ、学校教育の成果をより高めることを期待しておられるのでしょう。

 では、このハビトゥスを形成するためには、親は子どもにどのような関わりをすべきなのでしょうか。筆者が読んだ本では、子どもが幼い(小学校低学年まで)うちは「学習にふさわしい環境づくりを心がける」「親が勉強する姿を見せる」「子どもと一緒に勉強する」などが提案されていました。

 では、もっと上の年齢の子どもにはどういう働きかけが望まれるでしょうか。それについても同じ本に書いてありましたので、ご紹介してみましょう。

(1) 基本的生活習慣を調える。

 「早寝早起き」と言われるように、一定のリズムで規則正しい生活を送ることは、健康においても頭の働きにおいても重要なことです。遊びは決めた時間内におさめ、やるべき勉強(学校の宿題、塾の予・復習など)を計画に沿ってテンポよくやる。朝食もきっちりとる。そういう子は、統計的にも高い学力を有しているそうです。セルフコントロールのできる子どもは、学習ハビトゥスを備えた子どもです。自己規律と学業達成の間には深い関係があります。

(2) 親子のコミュニケーション、とりわけ会話を密に行う。

 読んだ本の内容、学校でのできごとなどについての会話を大切にしましょう。そうして、話好きの子どもに育てるのです。叱るときも、子どもに申し開きの機会を与え、一方的に叱らないことが大切です。言葉を上手に用いれば、自分の気持ちを的確に相手に伝えたり、相手の行動や意見も適切に理解したりすることができます。

(3) 文字・活字との接触の機会を頻繁にもたせる。

 学校は文字文化が支配する場所です。すべての勉強の基礎に「読み書き能力」があります。極端に言えば、「活字を制するものが学校・学級を制する」のです。幼い頃からピアノやバレエなどの習い事に通わせるのは、ブルデュー的な文化資本を築く一助にはなりますが、こと学力形成面では遠回りの道であるのは否めません。一方、本を読む習慣や勉強の習慣をつけることは、活字文化の継承者になる最も確実な道なのです。

 ハビトゥスを形成する方法については、目新しいことは何もありません。しかしながら、いずれも核心をついた重要な提案だと思います。「なるほど」と思われたかたは、ぜひ実行してみてください。当面の中学受験を乗り越えるための勉強法を間違えると、ハビトゥスは形成されない恐れが多々あると思います。私学の先生がたのお話を聞いていると、(1)や(2)の足りない子どもが増えているようにも思います。目先の受験に気を取られて、大切なものを育むことを忘れないようにしたいものです。

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