伸びる子の“聴きかた”“話しかた”のちょっとした違い
8月 15th, 2011
あるとき、かつて担当していた同じクラス(男子)の子どものなかから、日本最難関とされる国立大学に4~5名が進学したということを知りました。
その昔、弊社の校舎が三篠校一校のときには、それ以上の結果が当たりまえのようにありました。しかし、校舎が分散して6校舎の体制になってからは、さすがにこういうことは少なくなりました。
さて、筆者は最難関大学に進学した子どもたちの中学受験生時代を思い出していて、あることに気づきました。今回は、そのことについて書いてみようと思います。
「あること」とは、「彼らの授業を受ける姿勢」のことです。彼らの授業のときの様子が特徴的で、そのためかよく覚えていました。
ただし、特別に変わったことではありません。たとえば、どの子も授業を聴くときの姿勢がとてもよかったということです。ここでいう「よい姿勢」とは、「背筋が伸びている」ということと、「先生の説明にしっかりと耳を傾けている」ということです。どの子も背筋がピンと張っており、常に説明をしているときの先生のほうを注視していました。なにしろ、名前を聞いてすぐに彼らの授業中の姿を思い出したほどですから、授業を聴くその姿がよほどよかったのです。
勉強のできる子が、みなこうとは限りません。そこそこできる子のなかには、授業をあまり聴かない子や、脇見をしたり、他の子に授業中に話しかけたりする子もいます。
もう一つ、彼らには共通の特徴がありました。話しかたが理路整然としており、発表などをさせると、筋道立ったわかりやすい説明ができていました。決して饒舌なわけではありません。ゆっくり考えながら話す子もいました。また、「わかる人はいるかな?」などと振っても、我先に手を挙げるようなことはありませんでした。したがって、「うっかり」ということがなかったということも、共通点としてあげられるでしょう。
たまたまかもしれませんが、これらのことが全員に共通していました。ここでお伝えしたかったのは、「彼らが小学生の頃からとびきり優秀だった」ということではありません。そうではなく、聴く姿勢や話しかたがきちんとしていたということに着目してほしかったのです。このことは、わが子の将来の飛躍を期待しておられるおとうさんやおかあさんにとって、子育てのよいヒントになるのではないでしょうか。
成績について言うなら、彼らはいずれも成績はよいほうではあったけれども、飛び抜けてよいよと言うほどでもなかったように記憶しています。ただし、全員が第一志望校に合格しました。その理由も、聴く姿勢、話しかたと無関係ではないように思います。
聴くことと話すことは、学業における基本中の基本です。この二つがしっかりとしていてこそ、読むこと書くことの力も備わってきます。聴く力と話す力はどこで備わるのでしょうか。それは家庭です。学校は集団指導のなかでそれをしてはくれますが、一人ひとりに細かいフォローなど期待できません。塾も同じです。家庭での毎日の会話生活の積み重ねこそ、子どもの聴く力や話す力を育むのです。
ある学者の書物に、「話を聞くとき、相手の目を見て聞けば、大切なことを聞き漏らさなくなる」ということが書いてありました。スッと背筋を伸ばし、筆者のほうをしっかり向いて、説明を小さく頷きながら聴いている彼らの姿を思い出します。
おそらく、彼らの聴きかた話しかたは、家庭で築かれたのだと思います。4年生や5年生のお子さん、あるいはそれより下のお子さんのご家庭では、まだまだ十分にお子さんの聴く力・話す力を鍛え直すことが可能です。食事や団欒の時間には、互いの目を見て、しっかりとしたコミュニケーションをはかっていただきたいと思います。
小学生の子ども、特に男の子の話しぶりは、端で聞いていてももどかしいことが多く、親ですらイライラしてしまうものです。しかしながら、それを辛抱強く聞いてやり、理路整然とした話しかたの手本を示してやることこそ、子どもの成長にとって必要なことです。
子どもが人の話を聞かないのは、親が子どもの話に耳を傾けてやらないからだとも言われています。誠に子育てとは辛抱のいるものです。しかし、その辛抱あってこそ、子どもは先々のすばらしい成長に向けた備えをすることができるのだと思います。是非がんばっていただきたいと思います。