父親にしかできない教育
11月 12th, 2012
中学受験に関わる仕事をしていると、たくさんの保護者の方々とお会いする機会があります。説明会、保護者会、面談、いろいろな相談・・・・・・。ただし、お会いする保護者の8割以上はおかあさんです。
おとうさんは日頃仕事で忙しくしておられます。そこで、おかあさんが来られるのかもしれません。しかし、父親・母親それぞれに子育てのうえで違った役割もあるでしょう。日頃はお会いする機会が少ないおとうさんに、何かメッセージを送りたいと思ったのですが、筆者よりも遙かに説得力のあるメッセージがありますので、今回はそれをご紹介してみます。お書きになったのは、関東地方の私学の校長を長年勤められた外国人のかたです。
父親の愛の構造は、母親のとは違う。母親にとっては、子どもが自分の膝元から離れるのを認めることはむずかしいことであろう。わが子をいつまでも無事に守っていきたいというのが、母親の愛だからである。
父親は、わが子の心に自分を守ろうとする意欲や決断を呼び起こし、わが子が他人にも自分にも負けないように成長することを願う。さらに、「より強く、もっと強く」と、わが子を強い心をもつ男に育てていきたいと望む。これがあらゆる弱さを憎む父親の、わが子に対する愛なのである。
このように考えると、最近よく言われている、子どもの心の教育は第一に母親の役目であるということは、残念ながら大きな誤りであるといわざるを得ない。この誤った考えが、子どもに甘えを植えつけているのだと思う。
大人の社会にみられる人間の弱点――わがまま、妬み、恨み、ずる賢さ、利己主義、残忍さなどは、みな、幼い子どもの心にも芽生えている。これらの人間の生まれつきの持ちものをむき出しに表している子どもさえいる。子どももまた、人間であるからである。
そうした心の衝動をコントロールできない子どもは、当然、非人間的、非社会的な性格を帯びてしまうから、その子どもには、コントロールする力を養わせなくてはならない。
しかし、その衝動を抑えることだけでは充分ではない。大切なことは、その衝動に潜在しているエネルギーを上手にリードしながら、プラスに転化させることである。これが父親の役目なのである。男の子の場合は、特にそうである。
父親は、家庭の外の実社会を自分の身で体験している。父親は、その辛い体験を通して、人類の進歩、及び社会の発展は人間個人の進歩によってのみ可能となることを知っている。そして、個人の進歩というものは、人間の心の向上以外にはあり得ない。これもまた、父親の個人として、社会人としての経験である。
そのうえ、父親はもう一つの経験をしている。すなわち、心を清め、強め、高めることは、実に厳しい、絶え間のない涙ぐましい努力の賜物であるということである。私の父は、いつか次のように言ったことがある。
――聖書によると、天使さえも悪魔になった。人間はなおさら危ない存在である。悪魔にならないように、心にへばりついている心を窒息させてしまうたちの悪い垢(あか)は、削りとらなければならない。それをとりなさい。痛いけれどもな。
そして、父はにっこりして、つけ加えたものだった。
――おとうさんにそれを削りとらせると、もっと痛いぞ。
いつの時代でも、子どもの心の教育に必要なのは、父親の適度の制御である。しかし、今日の日本の家庭教育には、このぜひとも必要なコントロールが欠けていると思う。「おかあさん任せ主義」の今日の「民主主義パパ」のもとでは、子どもは強く、たくましく育たないのである。
愛する子どもの教育には、甘やかしがあってはならない。それはちょうど偏食のように、ひ弱な子どもをつくってしまうのである。それに、そうした子どもを溺愛する親は、子どもの精神的支えになることができないし、子どもから尊敬もされない。「溺愛」という言葉は、おもしろいことに、ドイツ語では“猿の愛”という言葉であらわしている。人間の子を猿の子にしてはならないからであろう。
教育には厳しさが必要なのである。厳しさは教育される者にとってだけではなく、むしろ、教育する者にとってなおいっそう必要なのである。親が子どもに期待することと、自分が行うこと――この言行の一致の厳しさこそ、尊いものなのである。
おかあさんは、子どもの身も回りの世話、生活で必要なことに関する目配りには向いています。しかし、受験をうまく乗り切るにはおとうさん的な視点からのフォローも大いに必要だと思います。
先日、ある私学の校長先生とお会いする機会がありました。そのとき、おとうさんの子育て参加について話題が出ました。「受験をおかあさんのみで乗り切ると、母子関係が近くなりすぎて、思春期になって子どもが親を否定し始めると、おかあさんの手に負えなくなる。そのときになって、『おとうさんが何もしてくれなかった』とおとうさんが責められることが多い」といったような内容の話をされたと思います。
受験の助走路で必要なのは、おかあさんのフォローだけではありません。おとうさん的な視点からの様々な言葉かけや激励も必要です。お子さんが、おとうさんとおかあさんの愛情や期待をしっかりと受け止め、精一杯の努力をして中学受験に臨めるよう、ぜひ一致協力をお願いいたします。そうすれば、次の子育ての節目である思春期の問題も、うまく乗りきれることでしょう。