入試に見る親の愛情の深さ

1月 28th, 2013

 今年の広島県西部地区の中学入試は、1月20日の広島大学附属中学校入試を皮切りに始まりました。22日には私学入試の解禁日が訪れ、この日には数校の入試が行われましたが、1週間ほど経った今日の段階で、大半の中学校の入試が終了しています。

 長い準備期間に対して、本番はあっという間に終わります。一気に済んでしまえば、あれこれ思い悩む暇もありません。「そのほうがよかった」と思っておられるご家庭もおありでしょう。しかしながら、最初に失敗すると、気持ちを立て直す余裕がないまま終わってしまうこともあります。子どもたちが、全力を出しきった入試であったことを祈るばかりです。

 前回も書きましたように、学習塾の指導担当者は応援に出向きます。できるだけたくさんの受験生を激励しようと、朝の早い時間から入試会場で待機します。そこで、子どもたちを見つけやすい校門周辺は学習塾関係者でごった返すことになります。

 腕章や幟、お揃いのコートなど、目立つものを用意すれば子どもたちからも塾の先生を見つけやすいことでしょう。しかし、弊社は塾風がやや地味だからでしょうか。そういった目立ちかたを嫌う人が多いので、校門から少し中へ入ったところに立って控えめにお子さんを探すことになります。

 そこで、担当クラスのお子さんを見つけ損ねるケースもあるのですが、幸いなことに同じクラスの子どもたちたちが探してくれます。おかげで、大概は担当クラスの受験生のほとんどに声をかけることができます。

 筆者も以前は指導現場にいましたので、随分長い間入試会場の応援に行ったものです。そして、そのたびに思ったことがあります。それは、親というもののありがたさであり、おかあさんがたのわが子への愛情の深さです。

 受験生のお子さんはと言うと、親(多くの場合、おかあさんです)に付き添われて入試会場までやってきたものの、友だちを見つけたらあっという間に親のもとを立ち去り、振り返ることもありません。しかしながら、おかあさんがたは何くれとなくわが子を心配し、そばにいて見守っておられます。その様子を見るたびに、「おかあさんがこんなに自分のことを心配し、愛情を注いでくれていることに、本人たちは気づいているのかな?」と、よく思ったものでした。

 そんな子どもたちですが、いざ試験が始まると緊張に襲われます。なかには運悪くミスを重ねてしまう子どももいます。そんなときにも、「何とか気持ちを立て直させなければ」と心配し、優しく明るく励ましてくれるのがおかあさんです。やがて思春期が訪れると、親子の関係はすっかり変わっていきますが、中学受験の頃はまだまだおかあさんは子どもにとっていちばんの支えなんですね。

 ある年の私立男子校入試でのこと。受験生が入室を終えた後、会場を立ち去ろうとしたときに一人のおかあさんにお会いしました。
 筆者を呼び止める声に振り向くと、担当クラスのI君のおかあさんでした。「先生、うちの子の性格をご存知でしょうか」と、思いがけない言葉をかけてこられました。

 その男子児童は小学生にしては落ち着きがあり、大人っぽい雰囲気のお子さんでした。成績もよく、特に注文をつけることもなかったため、親しく会話を交わす機会はあまりありませんでした。

 「しっかりしていて、とても落ち着きのあるお子さんだと思います」――そう返事をしたところ、「見かけはそうなんです。でも、いちばんの欠点は気が優しすぎるというか、緊張しやすいことなんです」そう言って一礼をされ、おかあさんは立ち去られました。

 しばらくして、その言葉の意味がわかりました。見かけとは裏腹に繊細なところのあるI君は、最初の入試に失敗してしまいました。それが悪循環を引き起こし、次の入試も失敗してしまいました。そういったいきさつがあって、第一志望校の入試を迎えていたのです。おかあさんは「もはや合格はないだろう」と、覚悟を決められたのでしょう。それで、筆者にあのようなことをおっしゃったのです。失敗を重ねたあげく、最後の入試が第一志望校。入試に臨む彼の心境は察するにあまりあります。

 ところが、最後の最後に彼は踏みとどまりました。大変な不安と緊張に耐えて、もちまえの実力を発揮したのです。彼の第一志望校合格を知ったとき、真っ先に頭に浮かんだのは、入試会場を立ち去るときのおかあさんの言葉と表情でした。

 第一志望校合格に至るプロセスは、子どもにとっても親にとっても辛いものだったことでしょう。それを乗り越え、奇跡のような結果をもたらしたのは、親子の深い絆のような気がしてなりません。

 今年も、受験生の数だけ様々なドラマがあったことと思います。運悪く力を出し切れなかったお子さんもいるかもしれません。しかし、親の愛情を背に緊張と闘いながら入試に挑戦した経験は、人生の宝物です。どんな入試結果も、受験への挑戦を通じて深めた親子の絆の価値には叶わないものです。

 また、入試をめざして努力したことでお子さん自身が知らないうちにすばらしい成長を遂げているものです。入試が全て終わったら、中学入試を経験したことでどんな成果が得られたかを、ぜひ親子で話し合っていただきたいですね。中学入試があったからこそ得られたもの。それが決して少なくないことに、親子共々気づかれることでしょう。
 

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