もって生まれた能力は変えられない?

6月 17th, 2013

 保護者面談をしているとき、「うちの子は、能力が足りないのでしょうか」と言われることがあります。また、お子さん自身も、「ボクは頭が悪いんだ」といったような発言をすることがあります。

 がんばっても結果が伴わないと、誰でも自分の能力に疑念が湧いてくるものです。おそらく、大概の人はそれに似た体験をしておられると思います。

 ただし、自分の能力を否定しても何のプラスにもなりません。そこで、「もう少しがんばってみよう」、「あきらめたら終わりだ」などと思い直し、再びがんばり始めます。こんなふうに、人間は自らを励ましながら目の前の壁を一つひとつ乗り越えていくのでしょう。

 ところで、勉強の成績は、頭の“でき”で決まるのでしょうか。専門家(東京大学で遺伝子を研究しておられる先生)の著書に参考になる記述がありましたので、ご紹介してみます(以下は、簡単に趣旨をまとめたものです)。

 勉強にせよ仕事にせよ、「どういう方法なら能率が上がるか」を知ることがまずは大事です。その自覚がないと、いつまでも要領の悪いやりかたしかできません。その人なりに覚えやすいやりかた、勉強法、仕事の方法があるのです。

 ただし、どのような方法にせよ、それなりに時間をかけて努力することは必要です。能率よく勉強や仕事ができる人は、そうなる以前に膨大な時間と労力を費やしています。そうした努力が下地になって、短時間でできるようになるのです。脳の働きから見れば、何度も何度もその複雑な回路をつなげることを繰り返すことで、最も効率のよいつながりかたを覚えていくからです。

 つまり、脳が省力化できる段階までもっていけば、効率のよい勉強や仕事ができるようになるのです。脳だって、最初はどうしても苦労するのです。

 生まれつき知能が高い人も、それを発揮できるようになるには努力が必要です。また、平均的な知能の人でも、努力すればかなりの能力を発揮できるようになります。一般社会レベルでの「頭がよい人」、「仕事ができる人と」というのは、もともとの能力にさほど違いはありません。努力の量にかなり比例していると言ってよいのではないかと思います。

 生まれつき頭がよい人というのは、ある能力が働きやすい遺伝子をもっていて、それに対して、ある能力が不得意な人は、それが働きにくい遺伝子をもっていると考えられます。しかし、働きにくい遺伝子をもっていたとしても、繰り返し努力することで、その遺伝子のスイッチがオンになって、働きやすくなります。

 ですから、自分の能力の得意不得意をきちんと自覚することが大切です。不得意だからと、その能力を訓練しなければ、決して遺伝子のスイッチはオンにならず、一生その能力は発揮できないままです。その一方、たとえ不得意な分野でも、努力や訓練次第で遺伝子をオンにできるのです。

 この先生は、「遺伝子のオン、オフを上手に切り替えられるかどうかは、勉強と環境が決めている。そのことを認識することが、『頭のいい人』になれる第一歩です」と述べておられます。

 お子さんの勉強に照らして考えてみましょう。算数の得意不得意は、ある程度生まれつきの能力が関与しています。しかし、努力や訓練しだいでは、だれでも「算数ができる子ども」と言われるレベルには到達できるのです。

 はじめはさっぱりわからなかった問題も、取り組みかたを工夫したり、繰り返し考え続けたりしているうちに、やがてわかるようになるのです。その算数課題を解き明かすためのシナプス回路が形成され、やがて電気が通るようになるからです。それが、スイッチオンの状態です。

 では、子ども一人ひとりに合ったやりかたは、どうやって見つけるのでしょうか。ここが難しいところですが、たとえば集中力がもたないタイプの子どもは、小刻みに休憩をとるのもよいかもしれません。遊んだ後のほうがやる気の出るタイプなら、短い遊びの時間とセットにして勉強の時間を設けるとよいかもしれません。取りかかりの悪い子どもなら、おかあさんが時間になったら声をかけてあげるのもよいかもしれません。遊び道具が気になるタイプの子どもなら、そういった類のものをきれいに片づけてから勉強するとよいかもしれません。何につけ積極性が足りない子どもなら、家の手伝いをさせてほめ、「役に立っている」という自覚と自信をもたせるのもよいかもしれません。

 いずれにしても、成果を引き出すための絶対条件は「努力の継続」です。ただし、子どもにただ「努力しなさい」と言ってうまくいくなら苦労はありません。子どもが「努力してみよう」と思うようになるまでが一苦労で、親の上手な働きかけが必要です。お子さんの現状が気になるおとうさんやおかあさんは、いろいろ試みてはいかがでしょうか。

 たとえば、ときどきおとうさんが、「一緒に算数の勉強をしてみよう」などともちかけてみてはどうでしょう。教えるのではなく、一緒に勉強するというスタイルで算数の話題をやりとりしながら、テキストの練習問題の考えかたについて意見交換をするのです。そういう時間をいっしょに過ごすことで、お子さんが「算数っておもしろいな」と感じるようになれば、勉強の取り組みが確実に変わってくることでしょう。そうなれば、スイッチがオンになるまでに時間はかかりません。

 繰り返し取り組めば、誰でも以前できなかったことができるようになる。それは、筆者自身が自ら体験していることです。

 筆者は広報の仕事をしていますが、入社前には人前でプレゼンをするなど思いもしませんでした。大勢の人を前にすると、緊張で胸がドキドキ高鳴り、足はふるえるような有様でした。しかし、仕事となればしかたありません。段々と場数を踏むにしたがって、「どうしたら熱心に聞いてもらえるか」を考えるゆとりももてるようになり、そのための勉強もするようになりました。そうして、気がつくと1~2時間程度なら何人を前にしても平気で話す人間になりました。経験と努力(と言うのもおこがましいですが・・・)が、脳の働きや適性をつくり変えたのでしょう。

 文章を書く仕事も同様です。書くことは、「きらいではないが、得意でもない」程度でしたが、チラシや案内書、保護者を対象とする催しの案内状や資料など、おびただしい量の文章を苦労しながら書いているうちに、その面白さに目覚め、それと同時に教育や心理学、脳科学系の本をたくさん読むようになりました。今ではこの仕事を天職と受け止め、毎日楽しくやらせていただいています。

 子どもの「苦手」の多くは、「食わず嫌いだ」と言われます。算数の面白さを知る体験が不足しているから、算数が得意になれないに過ぎないのです。つまり、脳に適性がないどころか、向いている可能性だってあるのです。まして、勉強や体験次第で如何様にも変われる年齢にあるのですから、「テストの成績が思わしくない」とか、「やりたがらない」といった理由でその方面の能力をあきらめるのは早計に過ぎる話です。

 子どもはまだ人生経験がわずかです。理屈よりも好き嫌いといった感覚的な要素に流され、その結果自分の能力を開発し損ねるおそれもあります。だからこそ、大人は子どもを励まし、もって生まれた才能が埋もれてしまわないようにしてあげたいものですね。

 少し長くなってしまいました。おとうさんおかあさんにおかれては、「脳は人生を通してつくりあげていくものだ」という観点に立ち、粘り強いサポートでお子さんの可能性開花に向けた努力を引き出してあげてください。

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