数学が好きな理由・嫌いな理由
4月 21st, 2014
前回、数学が嫌いである、もしくは苦手とした作家、数学が好きである、もしくは得意だった作家について調べた本のことをご紹介しました。
この本は、数学の得意不得意は遺伝によるものかどうかということと、作家の伊藤整(故人)が「ほとんどの文士は数学が不得意である」と語った話が本当かどうかということ、この二つのテーマに基づいて書かれたものです。著者は、大学で学習心理学を教えている先生です。ただし、30数年前に出版された本であり、調査対象の作家のほとんどが明治・大正生まれです(全員故人)。
ともあれ、作家はみな数学が苦手だという話の真偽については、筆者ならずとも興味をもたれることでしょう。前回は、この本の著者が資料で調べた結果をご紹介しましたが、確かに数学を苦手とした作家が多いのは事実のようです。しかし、数学を得意にした作家も少なくなかったことが判明しました。
そこで、今回はこの本の著者が当時の現役の作家にアンケートを依頼し(655名)、回答のあった作家(346名)から得た情報のうち、「自分の数学好き(数学嫌い)は、生まれつきのもの」と思っている作家の見解をまとめたものをご紹介してみます。なお、この回答は小学生時代を思い出してのものです。
●数学好き・数学得意は「生まれつき」という回答の例
・素質があったから。(S・Y、明治生まれ)
・性格にあった。(F・I、明治生まれ)
・頭の働きを試すようで面白かった。(M・K、昭和生まれ)
・問題を解くのが面白くよく解けた。(T・A、明治生まれ)
・どの学科も満点。(T・U、明治生まれ)
・予習復習しなくてもよくわかってできた。(S・O、明治生まれ)
・小学4年生で6年生の教科書を解いていた。(R・Y、大正生まれ)
・素質的なものではないかと思う。(K・K、明治生まれ)
・考えることが好きだった。(D・H、明治生まれ)
・いつも90~100点をとった。(S・K、大正生まれ)
・特に努力する必要なし。(T・N、昭和生まれ)
・非常に好きで問題を解くのが面白い。(S・I、明治生まれ)
・算数は得意で少しも抵抗を感ぜず。(R・H、大正生まれ)
●数学嫌い・数学苦手は「生まれつき」という回答の例
・数学の好き嫌いは教育以前に、生まれながらの素質によると思う。(H・H、明治生まれ)
・先天的に数の概念が欠けているらしい。(S・M、明治生まれ)
・先天的に数に弱いのは女性の特徴。(M・O、大正生まれ)
・娘(小4)も算数嫌い。遺伝ではなかろうか。(N・K、大正生まれ)
・生来の数学嫌いもあるかもしれん。記憶力は悪い方ではないが、数学的記憶はよくない。四人の子どもも数学不得意。(S・H、昭和生ま れ)
・数の取扱い苦手、記憶力に自信なし。(G・U、大正生まれ)
・基礎をしっかり身につける作業を好まず、現実からはなれた物事に心をひかれる性質のため。(S・K、明治生まれ)
・生来情緒的、そのため文学に入った。(S・F、大正生まれ)
・ものごとを論理的でなく、感覚的にとらえる習癖。(G・U、大正生まれ)
・覚える意志なく、覚えようともしなかった。(T・H、明治生まれ)
・計算が嫌い、練習が嫌だった。計算を間違える。計算は気が遠くなる。(S・Y、大正生まれ)
・柱時計のアラビア数字が読めず、小学途中まで時間がよくわからず、自然、数学に親しめなかった。(N・H、明治生まれ)
数学が「嫌いでできない」理由としては、生まれつきの才能に言及する回答の他、性格面を理由に挙げている作家が多いようです。こちらのほうが、「才能がなかった」よりも理屈っぽい根拠をあげている点が面白いですね。「才能がない」は、それ以上突っ込みようがありませんが、性格が理由ならその作家特有の表現がいくらでもできるのでしょう。
作家へのアンケートの結果、数学嫌いの作家は確かに多いけれども、数学が好きな作家もかなりの数にのぼることが判明しました。よって、「文士のほとんどは数学不得手である」という伊藤整の発言はどうやら誤りだったようです。ただし、こんな話もあります。アンケートの実施にあたり、2、3の作家から、「文学者は数学に対してコンプレックスをもっておって、虚勢を張る場合があるから、回答の分析は慎重にするように」という警告があったというのです。この本の著者は、「虚勢の有無の判断はできかねたので、特に分析にあたって手心を加えることはしなかった」そうです。
さて、この本の著者は、作家に対して実施したのと同様のアンケートを当時の数学者にもしています。アンケートを送付した数学者の数は722名で、回答数は405名(回収率56.1%)でした。このアンケートの結果で今回ご紹介するのは、「数学の好き嫌いの原因は、生まれつきの素質と思うか、教師の指導によるものと思うか」についての回答結果です。
数学者の見解は、「先天的素質」と「教師の指導」と「二つのファクターの双方」の三つがほぼ均等に分かれました。なお、数学が好きになった(嫌いになった)理由を尋ねるアンケートは数学者にも行われたのですが、「自分の数学好きは、生まれつきよくできたからだ」と答えている数学者のグループは、小説家よりも「自分で問題をつくるのが楽しかった」「独自学習ができた」「学年を越えて進んだ」「教師は必要なかった」など、先天的素質を匂わせる表現がより顕著に見られたそうです。
ただし、数学の好き嫌いの原因については学者の見解が必ずしも正しいとは限りません。そこで、著者は「数学の才能と遺伝との関係」についてさらに論を進めています。
このブログをお読みいただいているかたの多くは、小学生の子どもをおもちの保護者であろうと思います。親としては、「数学は才能で決まる」という結論よりも、教師の影響や、学ぶ環境、学ぶ方法など、どの子どもにも可能性の残されるファクターの及ぼす影響についてお知りになりたいのではないかと思います。
機会があったら、そうした方面での著者の見解をご紹介してみようと思います。興味をおもちでしたら、是非読んでみてください。