子どもの将来のための知的基盤づくり
5月 1st, 2017
今回は、前々回の話題の続きです。少し堅苦しい話になるかもしれませんが、中学受験準備の段階の家庭教育の重要性、そして、「どのような学習で入試を突破すべきか」という重要な内容に関わる話題ですので、最後まで目を通していただければ幸いです。
近年、欧米においては学業成績の良し悪しを決定づける要因として、学習に向き合う姿勢や、日常的な習慣など、いわゆる「非認知的特質」が注目されているということを前々回はご紹介しました。こうしたファクターは、知的能力の高い集団において、個々の力量差が少ない場合に、成果の違いを生み出す大きな要因になると言われています。
この「非認知的特質」がどういうものかをもう少し具体的にご紹介しましょう。たとえば、「勤勉さ」「粘り強さ」「自制心」「やり抜く力」「知的好奇心」などです。これらは、中学受験の準備学習においても重要な働きをすることについては、みなさんもおそらく同意されることでしょう。やる気や粘り強さ、実行力などが強ければ強いほど勉学の成果があがるのは疑いないことだからです。
ところが、中学受験の助走において、上記のような「非認知的特質」が顧みられず、子どもを時間的にも空間的にも枠に閉じ込め、無理やり勉強させるスタイルの受験勉強がしばしば行われていると聞きます。なぜでしょう。それは、子どもが年齢的に未熟で、自分自身で勉強の段取りをつけたり管理したりすることが難しく、合格を得るには大人が指揮監督して勉強させるほうが、学力を確実に伸ばせると思われがちだからかも知れません。
しかしながら、前述の「非認知的特質」は、子どもの人格が定まってくる年齢までに家庭教育で形成されるべきものです。そこのところを親は見失うべきではありません。
前述のように、「非認知的特質」が学業の成否を分けるのは、大学での高い水準の学び、高度な研究機関での学びなど、個々人の所属する集団全体のレベルが高くなったときです。ですから、中学受験や高校受験、一般的な大学の入学試験などにおいては、必ずしも絶対的な違いを生み出すわけではありません。中学受験の場合、合格をめざした受験対策のイニシアチブは大人の側にあり、「無理やりやらせる」という方法、つまり「認知的特質」に偏った受験指導が一番手っ取り早いのです。実際、それで「合格」が得られるし、この方法に内在する問題点は当面表面化しません。だから、「鍛えて通す」といったスタイルの受験指導がいまだにはびこっているのでしょう。
ただし、子どもの将来という見地に立つと、この方法の問題点に目を向けないわけにはいきません。学問が高度なレベルで必要とされ、少々の努力では立ち行かない条件に至ると、その人物の学問に対する向き合いかたや取り組みの姿勢がことの正否を決定するようになります。高い次元の学びの世界では、受動的な取り組みで得た知識や技能は通用しません。目的の遂行に向けて戦略を編む能力、様々な角度から解決法を検証する柔軟な思考、簡単にあきらめない粘り強さ、自らを納得させたいという強い探求心などが大きくものを言うようになるのです。
以下は、だいぶ前に拝見した教育社会学者の著作で提示されていた学力モデルを視覚的に表現したものです。一本の若木を構成する部分を、学力を支える部分になぞらえてわかり易く説明されています(なお、イラストは弊社が作成したものです)。この図を見ていただくと、「非認知的特質」の重要性がよくおわかりいただけるでしょう。
この学力モデルでは、学力の要素を3つに分けています。仮に「A学力」「B学力」「C学力」と名づけておきましょう。Aは、木の葉の部分に、Bは幹や枝の部分に、Cは根っこの部分に対応しています(この表現は、上記の大学の先生が使用されていたものをそのまま借用しました)。
「A学力」=「知識」「理解」「技能」など
ペーパーテストで簡単にはかれるような、点数化し易い学力。
「B学力」=「思考」「判断」「表現」など
ペーパーテストではかりにくいが、テストの結果に大きな影響を及ぼす学力の要素。
「C学力」=「意欲」「関心」「態度」など
点数化困難だが、他の学力要素の基盤として重要な働きをする要素。
この学力モデルを提唱された大学の先生によると、三つの学力は文字通り一体となってひとつの学力の樹を形づくっています。一つでも欠けていたら、生きた樹にはなりません。また、たとえ三つがそろっていても、いずれかが脆弱であれば健全に育ちません。
子どもが習得する個々の知識や技能が、一枚一枚の葉っぱに相当します。それらの存在は個別に見たなら取るに足りません。しかし、生い茂った葉っぱは総体として大きな力を発揮します。葉は太陽の放つ光の受容体となり、光合成によって植物の成長に不可欠な栄養分をつくり出します。
葉は、環境の変化や四季の移り変わりで枯れたり、生えかわったりします。学習で得た個別の知識も同じことです。それらは忘れても一向に構いません。大切なのは、必要に応じて知識を更新したり、新しいジャンルの知識をつけ加えたりしていくことです。葉は、樹の生命が続く限り、絶え間なく更新されていくものなのです。
「葉」と「根」をつなぐ「幹」や「枝」にあたるのが、思考力・判断力・表現力などからなる「B学力」です。伸びやかな思考力や確かな判断力は、いわばしっかりと伸びた存在感をもつ幹です。また、私たちの目を楽しませてくれる枝ぶりのよさは、豊かな表現力にたとえられるでしょう。
葉から根へ、あるいは根から葉へと、水分や養分が受け渡しされることで幹や枝は育っていきます。それは、子どもたちが習得した知識や技能を、自らの生活や生きかたとの関連で使いこなしていく過程を通じて、しっかりとした思考力や判断力や表現力を育んでいく流れと照応します。
根っこは葉っぱと違って、通常は目に見えません。地中に隠れています。しかし、その根っこは、その樹の存在自体を支えるという重要な役割を果たしています。「意欲」「関心」「態度」などがこの根に相当するでしょう。その子がもつ意欲や関心、あるいは生活態度は、ぱっと見ではなかなかわかりません。じっくり付き合ってこそだんだんわかるものです。
また、根は地面にしっかり食い込んで樹を支えるだけでなく、成長に不可欠な水分や養分を絶え間なく吸収する役割も果たします。そうした意味において、根は「アイデンティティ」という語で表されるような、樹という生命体の根源的な部分をも表示していると言えるでしょう。
前述の「非認知的特質」は、地面に埋もれて見えない「根っこ」に相当することに気づかれたと思います。表面には見えてこないけれども、実は若木をすくすくと成長させるうえで欠くことのできないものです。この根っこを育てるべきは、わが子が小学生の今のうちであり、たとえ中学受験というものが目の前にあっても、決しておろそかにすべきではありません。
いや、むしろ受験のプロセスでこそ、この「根っこ」たる部分に栄養を送り、知力を大きく伸ばすための基盤を築くべきではないでしょうか。このことは、「自学自習」「自ら学ぶ姿勢」を受験勉強の柱とする弊社のアイデンティティとも深く関わることです。弊社では、このことを一人でも多くの保護者にご理解いただき、学びへの高い志向性や、しっかりとした取り組みの姿勢を育てながら入試での志望校突破を実現したいと考えています。
今回の記事が、お子さんの中学受験をお考えの保護者の方々に、新たな視点を提供できたなら幸甚です。