子どもへの“励ましかた”を振り返る

9月 10th, 2018

 このところ、朝夕はだいぶ凌ぎやすくなりました。これから晩秋にかけては勉学にもスポーツにも最適のよい季節が続きます。受験生の子どもたちには、ここで一段ギアを上げた勉強を実現させてほしいですね。4年生や5年生など、まだ受験までにたっぷりと時間のあるお子さんは、読書に勤しむのもよいですね(6年生も、少しの時間なら読書はよい息抜きになるでしょう)。

 さて、前回は受験を来年1月に控えたご家庭に向けた情報をお届けしましたが、今回はいつものように子育ての視点に立ち、健全な知育や望ましい学力形成を実現するための親の働きかけをテーマに掲げて記事を書いてみようと思います。

 みなさんは、勉強だけでなくわが子の様々な取り組みに対して激励の言葉を投げかけておられると思います。その多くは、もっとがんばりなさい!」「がんばりが足りないんじゃない?」など、努力を奨励したり促したりする言葉かけではないでしょうか。試しに、最近わが子にどんな励ましの言葉を投げかけたかを思い出してみてください。

 実際のところ、筆者もかつて指導現場にいた頃には、特に何とも思わず「がんばれよ!」という言葉かけを子どもたちにしょっちゅうしていたのを思い出します。それどころか、「きみは努力が足りないんだ!もっと頑張らないと」と、努力を子どもに強要するような言いかたもしていました。無論、小学生時代のわが子に対しても同様でした。

 学習心理学の研究で有名な、ある国立大学の先生の著作に目を通していると、この「がんばりなさい」という激励の言葉かけの問題点を指摘されていました。ちょっと、該当部分をご紹介してみましょう。

 

 わたしはまわりの教師が学業成績の悪かった子どもに対して、「もっと頑張りなさい」と激励する姿をよく見る。わたし自身もそう言われて育ってきた。しかし、よく考えてみると、もし自分に能力がなかったら努力しても無駄ではないのか。能力がないのに、いくら努力しても期待する効果は得られないのではないのか。わたしたち日本人は「努力」を大切にするあまり、それにたより過ぎているように思う。そして、本当は心の奥底で自分の能力の有無にこだわっている。

 そうだとしたら、「本当は頭がいいのだから、もっと努力してごらん」とか「本当は能力があるのだから、がんばればよい点が取れるよ」というような潜在的な能力のあることを理由として激励するほうが、単に努力を促すだけの激励よりも効果的ではないだろうか。( 中略 )そこで、わたしは小学生、中学生、大学生を対象にして、教師から「努力不足だから努力しなさい」と激励(努力不足を理由とする激励)される場合と、「本当は頭がいいのだから努力しなさい」と激励(潜在的な能力を理由とする激励)される場合とで、どちらのほうが学習意欲や教師への好感度が高まるかを調査した。( 中略 )その結果、小学生でも、中学生でも、大学生でも潜在的な能力を理由に激励されるほうが学習意欲も教師への好感度も高まることが示された。特に教師への好感度は抜群に高かった。

 

 これを読んでどう思われましたか? これを書かれた先生は、努力を促すことに意味がないと言っておられたわけではありません。努力の必要性を十分認めたうえで、上記の指摘をしておられました。しかしながら、筆者は「確かにこの指摘は一理ある」と思ったものの、「本当はあなたには力がある」といったような言葉かけを、一定年齢に達した子どもが素直に聞き入れるだろうかという疑念ももちました。実験の結果、効果があったとされているのに、そう思う私は「根性がひねくれているのかな?」と自問しつつ、なぜそんな気持ちになったのかを自分なりに考えてみました。

 で、その結果筆者が思いついたのは次のようなことです。突然親から「あなたには能力があるのだから」と言われても、 何らかの経緯で「自分には能力がない」と子どもが思い込んでいたとしたら、この激励は効力を発揮しません。また、進学塾では成績が繰り返し目の前に突きつけられますから、悪い成績が続いていると、あったはずの自信や意欲がしぼんでしまいがちです。そんな折、唐突に「本当は力があるのだから…」と言われても、逆に励ましてくれた大人に不信感を抱く恐れもないではありません。

 さらには、小学校の4~5年生ともなると、大人に言われた言葉を鵜呑みにせず、発言の真意を探ろうという心理も育ってきます。たとえば、久しぶりにテストで高成績をあげたわが子に、「ほら、やればできるじゃないの!」と喜び勇んでほめた親に対し、子どもは「おかあさんは、今までボクに力がないと思っていたんだ」と、不快を露わにしたという実例があります。学者の根拠に基づくよい指摘に対して、少しねじ曲がった受けとめかたをしたのは、進学塾での様々な経験があったからでしょう。

 こんなことも考えられます。親は本心ではなくとも、一向にやる気を見せないわが子に、「頭が悪い」「能無し」「愚図」などと子どもに否定的な言葉を投げかけていたとしたら(親子喧嘩になった際、かわいさ余って何とやらで、親が思わずこういう言葉を子どもに浴びせることがあります)、子どもは親の突然の宗旨替えに戸惑ったり、不信の思いを抱いたりするかもしれません。まずは、これまでのわが子にどのような激励の言葉をかけていたかを振り返ってみる必要がありそうですね。

 「これまで、わが子への言葉かけにおいて、『あなたには能力がある』といった趣旨の励ましをしていなかった」と、後悔されているかたはおられませんか? あるいは、親子喧嘩の際、前述のように我知らずわが子の能力を否定する言葉を幾度となく浴びせたかたはおられませんか? そんなかたは、わが子が親の言葉に素直に耳を傾けてくれるような関係を築くことが先決であろうと思います。そのためにどんな方法があるでしょうか。たとえば、わが子のよい点をまずは三つ思い描いてみてください。「親切だ」「好きなことなら頑張る」「手伝いをしてくれる」「気が優しい」「その気になったら集中できる」「愉快な話をする」「スポーツが得意」など、なんでも構いません。

 こうしたわが子の側面も、全て大切にすべき能力だと思いませんか? なぜなら、これらはいずれも人生を生き抜くうえで支えになる、有用なものばかりだからです。話が上手なことや、スポーツができるなども、人生でプラスになってもマイナスになることはありません。そう、まっとうな人生を歩むうえでの立派な能力なのです。これからはわが子のよい点、美点を常に念頭に置き、機会を見ては伝える親であってください。そして、それを照れずに伝えられるレベルにまで高めていきましょう。そのプロセスで、「あなたには能力があるのだから…」と、状況を見ては励ましてやるのです。きっとお子さんに変化が起こります。

 最後に。上記引用文の最終行に着目してください。「特に教師への好感度は抜群に高かった」というくだりがありますね。子どもは、自分を認めてくれ、「あなたならできるよ」「やれる能力があるんだから」と、励ましてくれる大人を信頼し尊敬するものです。ましてそれが親だったなら、これほどうれしく励まされることはありません。親をいつまでも信頼し尊敬するとともに、どんなことが起こっても自らを信じて頑張れる人間へと成長していけるに相違ありません。

  さあ今から子どもへの励ましかたを振り返り考え直してみませんか?

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