学力不振は“読み”の習練不足が原因? その1
6月 24th, 2019
前期の講座ももうしばらくすると終了し、夏の講座へと切り替わります。これまでのお子さんの学習状況はいかがでしょうか。
今回は学習がうまく機能せず、勉強しているにもかかわらず成績がふるわない状態が続いている4・5年生のお子さんのご家庭に、夏休みからの底上げのポイントの一つと思われることをご提案してみようと思います。思い当たる節のあるご家庭の参考にしていただければ幸いです。
会員の子どもたちのマナビーテストの成績をチェックすると、5年生では400点満点で200点を割り、教科平均にして50点未満の成績のお子さんが一定数おられます。なかには総合150点未満のお子さんもいくらかみられ、とても残念な思いに駆られます。4年生についても、算・国合計200点満点で100点を切っているお子さんがまま見られます。この状態が続くと、お子さんは自信を失ったりやる気を喪失してしまったりする危険性が少なくありません。
勉強はある程度しているのに成績が上がらない。それどころか親の期待とは程遠い状況が続き、「いったいどうしたものか」「何が原因なのか」と、ため息をついておられる保護者もなかにはおられるのではないでしょうか。
原因はいろいろあるでしょう。しかし、「勉強している割に成果があがらない」という点で思い当たる節もあります。たとえば、筆者がかつて国語の指導現場にいて痛感したのは、「小学生の読みの習熟度、特に黙読のスピードや精度の個人差は、大人が思っているよりもはるかに大きい」ということです。これが学習成果に少なからぬ影響を及ぼすのです。黙読の態勢が整うと、子どもの読書活動は一気に活性化し、みるみるうちに読みの能力はスキルアップしていきます。それはだいたい3年生の頃ですが、この流れを築き損ねると、いつまでも読みのしっかりとした読みの態勢が築けないと、学習活動全般に支障を来してしまいます。4年生、5年生になると、この読みの力の差が学力の個人差となって如実に表れてくるのです。
読みが達者になったお子さんは、勉強したらしただけ成果をあげることができるいっぽう、読むのに時間がかかる子は、文字面から言葉を抽出して意味に変換する能力が磨かれておらず、単に時間がかかるだけでなく、脳内に取り込む情報の量も正確度も大きく劣ります。必然的に「勉強している割に成果が得られない」ということになってしまいます。
まず、文章を読んで意味内容を理解するときに、読み手の脳の中でどのような働きが生じているのかを簡単に見てみましょう。文字面を目で追っていきながら、伝達されている事柄の意味を理解していくときに、二つの大きな情報処理の流れがあります。
トップダウン処理とボトムアップ処理
1.トップダウン処理
文章中に特定の言葉が出てくると、誰でも読み手はその言葉に関する知識を頭にめぐらせて理解の手立てにしていきます。たとえば、「先週の土曜日に、家族全員で宮島へ行きました。大きな鳥居やたくさんの鹿を見られて楽しかったです」という記述があったとき、宮島に行った経験に基づく知識があれば、赤い大鳥居や沿岸部の道路を行き来する多くのシカの様子を容易に想像することができます。このような情報処理のしかたをトップダウンと言います。2.ボトムアップ処理
活字の流れを追っていきながら、単語の区切り目を識別したり、言葉と言葉の繋がりの関係を分析したりしながら文全体の表すところを理解します。また、文と文の接続のしかた、段落相互の関係に基づき、全体としての著述内容を読み解きます。このように、既有の体験やそれに基づく知識に頼らず、文字とその連なりから得られる情報をもとに、文章内容を理解する情報処理のしかたをボトムアップと言います。
このように、文章を読み進めて著述内容を理解していくとき、脳の中では新たな言葉が登場するたびに自分の既有の知識と照合したり、言葉と言葉、文と文、段落と段落の繋がりや関係を分析したりする作業が延々繰り返されているわけです。そして、話の展開や内容的に重要と思われることを記憶に残しながら、不要な情報は次々に消去していきます。それが文章を読むということです。なお、こういう情報処理を担うのがワーキングメモリという脳機能で、この活動レベルが高いことも知的能力の一つの指標です。ワーキングメモリは、読書以外も様々な活動をする際にも働いています。たとえば、料理をしながら洗濯物を取り入れるタイミングを見計らったり、算数の筆算で位取りをしたり、日にちと曜日の関係を対応させたりする際にも、ワーキングメモリはめまぐるしく働いています。
少し脱線しました。トップダウン処理とボトムアップ処理の話に戻ります。子どもはどちらの情報処理においても一定年齢に達するまでは難渋するものです。というのも、小学生の子どもの既有知識は、大人とは比較にならないほど少なく、生活体験や読書経験の乏しい子どもはトップダウン処理の能力が十分に機能してくれません。また、字面を目で追っていきながら、言葉やそのつながりから得られる情報を分析処理するボトムアップ処理の能力も個々で随分差があり、それを可能にするための習練が不十分な子どもは苦手とします。
筆者が着目しているのは、後者のボトムアップ処理です。文字から得られる情報を分析理解するうえで必須の技能は"読み″の力、特に黙読力です。この黙読力が不十分だと、前述のように時間当たりの情報処理能力が劣るため、同じ文章を読んでも脳にストックされる情報に著しい差が生じてしまいます。勉強しても成果が得られにくいお子さんは、この黙読力の不足によるところが大きいのではないでしょうか。
では、黙読力を今から高めるにはどうしたらよいのでしょうか。それは音読です。音読というのは、文字の一つひとつの読みを実際に発音して照合する作業です。「ひ」を「hi」と発音し、次の「ま」を「ma」と発音し、さらに「わ」を「wa」、「り」を「ri」と発音していくことで「ひまわり」という言葉を抽出する。それを経験すると、次の機会には一目で「ひまわり」と認識できるようになります。こういった習練を繰り返しているうちに、やさしい文章なら文字列を目で追いかけながら声を出し、言葉の切れ目にアクセントを置きながら声に出して読めるようになります。そうして、ある段階から声に出して発音しなくても、字面を目で追っていきながら言葉に対応する音をスムーズにイメージできるようになります。これが黙読です。
研究者の書物によると、黙読は普通2年生前半までに可能になりますが、黙読の助走としての音読が不十分だと、前述のように読みのスピードや精度が不足し、結果として読んでも理解が十分にできません。音読という、読みの土台形成に必須の習練をちゃんとやったお子さんは、「読みたい」という欲求を自然と高め、読書活動に勤しむようになります。そうして、3年生頃には黙読が安定軌道に乗り、スムーズな黙読のできるお子さんはまずます読書を通じて語彙や思考力を発達させていきます。小学4~5年生は、語彙の増加率や増加数で生涯最高の数値を記録します(これを「語彙の爆発」と言います)が、その結果かなり難しい抽象的な内容の文章も読んで理解できるようになっていきます。これが学習において大いに効力を発揮するのです。
ところが、大概の保護者は「音読なんて幼稚なもの」「音読なんかしなくても、ちゃんと文章は読めている」と思いがちです。しかしながら、文字の字形と読みの照合という基礎があってこそ、黙読は可能になるのであり、それを十分に経ていないのに黙読へ移ってしまうと、前述のようにスピードも精度も劣り、読むのに時間がかかるだけでなく、理解もできていないといった状況からなかなか抜け出せません。読みを支える脳の働きを知り、今からできる対策(音読練習)をすることこそ、回り道のようで実は最も早く効果を引き出せる確かな方法だと筆者は確信しています。
長くなりましたので、今回はここでひとまずここで終わり、続きは次回お伝えしようと思います。よろしくお願いします。