学力不振は“読み”の習練不足が原因? その2
7月 1st, 2019
前期講座がもうしばらくで閉講となります。2月に開講して4カ月ほど経過したわけですが、学習をうまく軌道に乗せて堅調に成績を伸ばしておられるお子さんが多数おられるいっぽう、なかには残念な状況に陥ってしまい、勉強しているのに成績不振から抜けだすことができないままのお子さんもおられるようです。前回から今回にかけては、その原因と対策についてお伝えしようと思います。
一応の勉強はしているのに成績が伴わない。その理由は、「読みの態勢づくり」に問題があったことではないかということを、前回お伝えしました。もし思い当たる節がおありでしたら、今回の記事を参考にしていただければ幸いです。
無論、成績不振の原因は子どもによって様々でしょう。不規則でムラのある勉強をしていたり、一見努力しているように見えても無駄の多い勉強をしていたり、集中力を欠くぼんやりとした勉強に陥っていたり、やりかたがでたらめだったりなど、ちょっとした原因が招いた成績不振かもしれません。女の子の場合、親の声かけにも従順で、テキストの家庭勉強も計画通りやるものの、勉強に向かう強い意志に欠けるために中途半端な成果しかあげられない状態に陥ってしまうケースも結構ありました。ですが、こういうお子さんの場合、平均点前後の成績は取れているものです。
ですから、毎日のように計画に沿って勉強しているのに成績が振るわないとしたら、他のもっとはっきりとした原因があるはずです。それが「低~中学年期までの不十分な読みの態勢づくり」にあるのではないかと、筆者は思っています。すでに何回も書いてきたことですが、読むという行為こそ、全ての勉強の基本的手段だからです。読みのスピードや精度は一人ひとりずいぶん違っています。そのことをご存知でしょうか? この能力の個人差が学習成果の違いを生み出すのです。
念のために前回お伝えしたことを繰り返しますが、多くのお子さんは2年生前半までに黙読ができるようになり、読書への欲求が高まって活字に接する機会が一気に増えていきます。それから1年程で黙読の安定期に至り、「読みの速さ」「読みの精度」などが個々の能力として定まります。一定時間枠での読み取り能力を問う国語のテストにおいては、読みに長けたお子さんが圧倒的に有利なのは論を待ちません。逆に読みの稚拙なお子さんは、読む作業が遅いだけでなく、理解も不十分です。こうして、読むほどに語彙を増やし、思考力を高めていくお子さんと、いつまでも読むのに難渋するお子さんとの読解力の差はどんどん広がっていきます。
黙読力の上達の遅れを取り返す方法は、おそらく音読のやり直ししかないと思います。そのわけも前回お伝えしたとおりです。大人なら、難解な本でない限り字面を目で追えばわけもなく著述内容を理解できます。ですから、「何で音読が必要なの?」と思われるのも無理はありません。しかしながら、誰でもはじめは文字の字形と発音を照合するステップを踏んだからこそ、黙読へと到達できたのです。
これは筆者の勝手な表現ですが、黙読は音読の進化したものです。黙読は文字の読みを声に出すのではなく、視覚で捉えた文字情報を言語理解中枢に送り、そこで読みの声をイメージして意味を解読する方法です。声に出さずに読めるにようになると、読みの負担は大幅に軽減され、短時間に多くの情報を手に入れられるようになります。人間の言語理解のための中枢はウェルニッケ野ですが、これはもともと音声の言葉を理解するために発達しました。それなのに、視覚で文字列をとらえただけで意味に変換できるのは、脳内で読みの音声をイメージしているからです。したがって、黙読のスピードや精度を高めるには、速く正確に音読できるようになるためのトレーニングが必須です。本人は覚えていなくても、幼少期には家庭で、小学生になってからは学校で、相当な時間や労力を投入して読みの修練を積んでいたはずです。その内容の個人差が、読みの習熟度に影響しているのです。
筆者は15~16年ほど国語指導の現場にいましたが、おもに6年生の男子のクラスを担当しました。男の子の国語指導をすれば、誰でもすぐに頭を抱える問題に直面することになります。それは、個々の読みの能力差が大きく、うまく読めないお子さんは読解力が足りず、語彙も貧しいために思考も幼稚で、成績的にも底辺をウロウロすることになりがちです。このようなお子さんに音読をさせてみると、ほぼ例外なく同じ現象が発生します。すぐに躓き、読みが前へなかなか進まないのです。いっぽう、常に国語で安定した高成績をあげているお子さんの音読は実に滑らかで、1ページくらいわけもなく一気に音読することができます。したがって、筆者はたとえ入試が近づいている6年生であっても、授業では素材文のリレー音読や役割音読を欠かしませんでした。そして、上手に音読できるようになることを奨励したものです。
以上のことについて、お子さんにあてはまるようでしたら、今から夏休みにかけて、お子さんに音読練習をするようもちかけ、毎日サポートしてあげていただきたいですね。たとえば、次のような手順でやってみたらどうでしょう。
1.音読練習の実施を提案する
なぜ音読なのかを、今回の記事を参考にしてお子さんに伝える。上手に読めると、勉強が楽しくなることを熱心に説明する。2.実施期間や、時間を相談して決める
いつから始めるかをまずは決める。期間は最低3ヶ月くらい(乗り気でないようなら夏休み限定でも可)。できるなら、期間中は毎日やりましょう。時間は、15~30分程度。3.音読素材
特によい本が思い当たらなければ、弊社の国語テキストの素材文でよいでしょう。読みに抵抗のある子は、楽しいストーリーの本を親子で話し合って選んでも構いません。4.一度に音読する量(ページ)
お子さんの技量に合わせて無理のない分量にしましょう。1ページくらいから出発し、上達に合わせて2~3ページに増やしても結構です。5.音読の方法
まずはお子さんに一定の範囲を音読させてみましょう。音読のよいところは、間違ったら本人が気づくことです。おかあさんは間違いの数をカウントし、何回か繰り返す中で、躓きが減ったら大いにほめてあげてください。おかあさんと交替で読むのも楽しいかもしれません。6.フィードバック
音読は自分でも上達ぶりがわかりますが、おかあさんが毎回練習の終わりに感想を伝えてあげれば、次への励みになります。能動的なフィードバックで励ましを!
以上はアバウトで申し訳ないのですが、各ご家庭で工夫を加えてやりかたを決めていただくようお願いいたします。なお、音読の練習期間ですが、できるなら3か月以上を見込んでいただきたいですね。以前もお伝えした記憶がありますが、ある種の技能獲得にあたっては、取り組みの効果が見て取れるようになるのにだいたい3ヶ月ほどかかると言われています。
文字列を視覚で捉える。視覚からの情報を脳内で転送して発話中枢(ブローカ野)に届ける。ブローカ野から発せられた情報を筋肉運動に変えて音声で発する。それを聴覚で捉え、今度は言語理解中枢(ウェルニッケ野)に転送する。これによって意味を解読する。ーーこのような音読の作業を繰り返しているうちに、音読という作業に脳の神経ネットワークが順応し、素早く正確にできるようになっていきます。こうした変化がはっきりとわかるようになるまでの期間はだいたい3ヶ月くらいだと言われています。そして、同時に音読力の向上とともに確かな黙読力も準備されていくわけです。
読みが達者になるということは、文字を介した情報入手に長けた人間に成長するということです。小学生までに確かな読みの態勢を築けば、それは一生モノの財産になるでしょう。中学受験対策の学習をより快適にできるようになること以上に、読みの態勢づくりには大きな意義があるのだということをご理解いただき、お子さんの音読練習に付き合ってあげていただきたいですね。こうした協力ができるのは、お子さんが小学生のときまでと言えるでしょう。どうぞよろしくお願いいたします。