“音声言語”と“文字言語”の理解のプロセス その1

8月 25th, 2020

 変則的な日程で実施した今年の夏の講座ですが、懸念されたコロナウィルス関連の問題も生じることなく、無事に終了することができました。

 ただし、新規感染者数は徐々に減少しているというものの、感染発症のピークアウトはまだまだ先のことだと考えるべきでしょう。それどころか、日本感染症学会の理事長(舘田一博 東邦大教授)は、「今は第2波の真っただ中にいる」という見解を述べておられます。現状認識については専門家の判断も若干割れてはいるものの、重症者の数が増加している府県もあることを考え合わせると、まだまだウィルス問題は予断を許さない状況にあるとみるべきでしょう。

 広島県内においても、新規感染者が少数ながら確認されています。間もなく開講する後期講座におきましては、これまで同様に感染予防に向けて十分な対策を取りながら子どもたちの学習指導にあたってまいる所存です。ご家庭におかれてもお子さんの健康維持に向けて十分なケアをお願いいたします。

 さて、受験勉強に限らず、教科学習に欠かせない重要なものの一つが“読み”の力です。何しろどの教科の勉強も文字を介して行われます。勉強するうえで読むことは、呼吸するのと同じように不可欠の営みだと言えるでしょう。人間としての完成形に達した大人は日本語の読みで苦労することがありませんが、児童期の子どもは学習の大前提となる“読み”の能力の基盤形成の途上にあります。それがうまくいっていないために読みで躓く(学習がうまく捗らない)子どもが少なくありません。大人がそのことを誤解し、漠然と「うちの子は国語が苦手なんだろう」で片づけてしまっているケースが少なくないように思います。

 文章問題にたくさん取り組ませる、長文にたくさん当たらせるなどの勉強を子どもにあてがっても、国語の成績が振るわないことへの根本的な対策にはなりません。そればかりか、子どもはますます国語嫌いになってしまいます。今回の記事は、こうした点を踏まえ、これまで何回か取り上げたかと記憶していますが、読みの能力(黙読力)を底上げするためには何が必要かについて書いてみようと思います。

 ご承知のように、言葉には耳から入るもの(音声言語)と目から入るもの(文字言語)とがあります。両者の違いで大きいのは、音声の言葉は誰でも楽に理解できるのに対し、文字の言葉を理解するには「読もうという意志」を発動させる必要があり、相応のエネルギーを要します。

 子どもは、生まれたときから母親の音声を耳にし、母親の声かけや世話を受けながら育っています。したがって、音声の言葉は文字の言葉よりも容易に理解することができます(大人でも、音声言語のほうがわかり易いと感じる人のほうが多い)。中学受験をめざすうえで問題となるのは、活字を読むことに習熟した子どもと、スキル不足の子どもとの“読み”の能力差が大変大きいことです。活字を読むスキルが不足している子どもは、読むという行為を「気の進まないしんどい作業」に感じ、実際のところ読んでも著述内容の理解が上手ではありません。こういう子どもは、「自分は本が好きではない」などと言います。しかしながら、実際は本が嫌いなのではなく、快適に読めないから本を読みたがらないだけなのです。これが悪循環を招き、ますます読みの熟達が進んでいる子どもとの差を広げています。

 ところで、人間が音声の言葉をコミュニケーションの手段として使用するようになったのはいつ頃のことでしょうか。脳生理学者の酒井邦嘉氏(東京大学教授)の文献(「言語の脳科学」中公新書1647)に次のような著述があります。

 特に注目すべき最近の発見によると、舌下神経管の太さ(断面積)を頭骨の底部から測定したところ、現代人は類人猿や猿人よりも約2倍太く、約30万年以上前の化石人類は現代人並みだった。舌下神経は舌の筋肉を支配する運動神経であり、舌の運動神経が急に発達した直接の原因は「話す」ことにあると考えられている。ネアンデルタール人は、約10万年前から3万年前にかけて生存したと言われているので、それよりもさらに昔の人類が話をしていた可能性がある。

 頭蓋骨が現代人とほぼ同じような形状になったのは、今から10万年ほど前だと言われています。おそらく、当時の人類はすでに音声の言葉を交わしてやりとりをしていたのではないかと思います。さらに、上記引用文によると、30万年前には音声言語が使用されていた可能性があります。

 いっぽう、人間が文字を使ってコミュニケーションをするようになったのは、音声言語の登場よりもはるか後のことです。文字言語として最も古いと考えられているインダス文字は今から約5500年前ごろ、次に古いとされるエジプト文字は5300年ぐらい前に使用されるようになったと言われます。日本人の文字使用は、大陸から伝来した漢字をもとに平仮名やカタカナが工夫され、一般に行きわたってきた平安期の頃ですから、文字使用が定着してからまだ1200年余りしか経っていません。文字使用の歴史は、音声の言葉の長い歴史とは比べるべくもありませんね。

 このことからも想像がつきますが、音声の言葉を理解する脳機能は人の遺伝子に組み込まれており、生まれたときから予め備わっているのに対し、文字の言葉を理解する脳機能は生まれた段階では宿っていません(言語理解中枢は、発見者のドイツ人医師の名に因んでウェルニッケ野と呼ばれています)。そこで、後付けで学習によって身につける必要があります。小学生と言えば6~12歳の子どもですから、文字を読んで理解するための学習の年数は知れています。しかしながら、だからこそいち早く読みの態勢を築いた子どもと、そうでない子どもとでは少なくない個人差が生じているのです。

 では、人間はどうやって目を通してとらえた文字列から言葉を抽出し、意味に変換して理解しているのでしょうか。その理屈を知れば、読みのスキルアップのために何をすれば効果があるかがわかってくるのではないでしょうか。今回はだいぶ文字数が多くなってしまいましたので、続きは次回お伝えします。よろしければ引き続きお読みください。

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