地図を読む楽しさを親からわが子に!
9月 20th, 2021
ご存知のように、19の都道府県で緊急事態宣言が9月末まで延長されました。広島県も延長の対象となっており、不自由極まりない生活が続いています。しかながら、感染拡大を抑え込まない限り以前の健康で自由な生活は戻ってきません。ストレスも溜まりますが、毎日細心の注意を払ってコロナ感染の防止に努めてまいりましょう。
さて、今回は一冊の本をご紹介してみようと思います。このところ何度かお伝えしている、親子のコミュニケーション強化の主旨に沿ったものです。たまたま目に留まった本なのですが、おとうさんかおかあさんがお読みになったうえで、「おもしろい」「子どもに教えてやりたい」と思われた箇所をピックアップし、親子団らんの時間の話題にしていただければと思います。
その本は「地図帳の深読み」(帝国書院2019 1800円+税)というタイトルで、日本地図や世界地図をもとに興味深い話を紹介している、なかなかユニークな内容の本です(オールカラー刷りで見た目も惹きつける要素に富んでおり、内容のおもしろさと相まって楽しめます)。著者は地図研究家の今尾啓介氏です。中学生の頃から地図帳に興味を深め、それがきっかけで地図マニアになり、現在に至るまで地図や地形図、鉄道などに関する著書を多数著しておられます。好きなことに没頭する人生を歩んでおられる誠に羨ましい人物ですね。
この本の内容ですが、どなたも中学生の頃は地図帳のお世話になったことと思います。その地図帳を改めて細部まで読み込むと、これまで気づかなかった多くの事柄が発見できるというのです。
今、地図帳を「読む」「眺める」「見る」ではなく、「読み込む」と表現しましたが、これは著者の今尾氏による表現です。「地図帳には一般図だけではなく、宗教や環境、言語など世界情勢を語るのに不可欠なものが主題図で示されているし、国内の各地方図には、海苔から鉄鋼に至る多種多様な名産品がイラストでちりばめられている。凝縮された統計資料からは世界と日本の姿が伝わってきて飽きることがない。回数を重ねるごとに深く読み込めるのが地図帳である」と述べておられます。そうです。地図帳には単に地図が載っているだけでなく、世の中の実態に関する実に様々な情報がぎっしりと詰まっているんですね。
この本の内容の一部をご紹介してみましょう。興味をもっていただくため、身近な広島に関する著述を取りあげてみました。国道54号線(183号線)を北上し、可部→三入→大林を通過してさらに北へ向かうと上根(かみね)峠にさしかかります。
この峠を越してしばらく北に車を走らせると、左側に川が見えます。筆者はてっきりその川は瀬戸内海に向かって流れているのだと思っていましたが、何と逆で、中国山地に向かって山陰方面に流れているのです。「低いところから高いところに向かって流れるはずがない」と、何度も目を凝らして川の流れを確かめました。これはどういうことなのでしょうか。その答えはこの本でわかりました。実は上根峠の頂上付近が瀬戸内海と日本海の分水嶺になっていたのです。しかし、すぐ南に瀬戸内海があるのに、どうして山の連なる北へ向かってこの川は流れているのでしょうか。以下は、この本からの引用です。
( 前略 )水は重力に従って流れているので、わずかでも高い所へは流れない。それが山を断ち切っているのはなぜだろうか。
地形学用語で先行谷(せんこうこく)と呼ぶこの「山越えの谷」は、まず川が流れていたところが山になったことにより形成されたものだ。山の持ち上がり方が大きければ水流は変更を余儀なくされるが、山が持ち上がる量よりも川の削る量が勝るのであれば、山はひたすら削られ、川は「根性」で元の流れを維持することになる。たとえ平均して年間わずか1mmであっても、これが千年経てば1m、10万年経てば100mの標高差となるので侮れない。( 中略 )
中国地方随一の流域面積をもつ江の川(ごうのかわ)も先行谷の代表例だろう。この川の中で最も瀬戸内海に近い国道54号線沿いの広島県安芸高田市八千代町上根付近は広島港からわずか25㎞ほどの近さにもかかわらず、そこから北東に流れて、三次盆地を経由、中国山地を越えながら島根県に入って江津市で日本海へ出る。これもやはり中国山地の隆起量を江の川の浸食量が凌駕した結果だ。
地図に目を遣ると、確かに川は分水嶺のあたりから北東に流れ、土師ダム(八千代湖)の下あたりで島根県境を源に発した流れと合流し、国道沿いに北東へ向かって流れています。それは上記引用文にあるように、太古の昔から続いた山の隆起と川の流れとのせめぎあいによって生じたものなのでしょう。中国山地の隆起よりも、川の流れを維持する力が勝った結果です。著者はそれを「川は『根性』で元の流れを維持する」と表現しておられます。おもしろいですね。
この本を読むと、地図を通してたくさんの新たな知見を得たり発見をしたりする楽しさを味わえるでしょう。話題は日本に限らず、世界の様々な地域から取りあげられています。タイトルのみですが、ピックアップしてご紹介してみましょう。
・なぜ四万十川は太平洋を目前にして内陸へ向きを変えるのか
・飛び地は国を越えて―世界の飛び地あれこれ
・山の名は先住民族言語へ―マッキンリーからデナリ
・ひらがなの市名、元の漢字は何だったのか
・市町村合併で消えゆく歴史的地名
・分断された国―ベトナムとドイツ
・半世紀で7割以上消えた?アラル海の今昔
・函館とローマが同じ緯度?
・言語・宗教の色分けから何を読み取るか
おとうさんおかあさんは、かつて中学校や高校で使用した地図帳を保存しておられますか? 筆者がかつて購入した地図帳のなかには、いわゆる平成の大合併以前のものがあります。その地図と今の地図とを見比べると、地名が随分違っていて、見比べるとおもしろいですね。上記のタイトル例にもありますが、市町村の合併で歴史的地名が失われてしまい、残念な思いに駆られるものも少なくありません。そのいっぽう、「あれ? 横文字を採り入れた市名や地名があるぞ!?」と驚かされることもあります。たとえば、山梨県の南アルプス市や、愛知県のセントレア(国際空港)などです。前者は日本アルプスの南ということで命名されたのでしょうが、セントレアは??? 調べてみると、中部を意味するセンターと空港を意味するエアポートを組み合わせた造語のようです。公募で選ばれたそうです。
ところで、筆者は毎朝起床後に必ず一杯のコーヒーを楽しみますが、そのときに地図帳を手にすることがよくあります。そして、アメリカの50州の名前をいくつ言えるかなどを家族と競ったりして楽しんでいます。日本のサッカー選手が西欧のチームに移籍すると、そのチームの所在地を地図帳で調べたりします。たとえば、ヴィッセル神戸の古橋選手が移籍したセルティックというプロチームは、スコットランドのグラスゴーにあります(このときも、すぐにイギリスの地図で場所を確認しました)。グラスゴーはイギリス第4の都市です(では、トップ3の都市名は?)が、ケルト人(アイルランドの民族)移民の多いことで知られます。「セルティック」とは、綴りを見ると「ケルト人の」という意味合いなんですね。貧困家庭の多いアイルランド移民を支援するのがそもそもの創設の由来だと言われています。
こんなふうに、小さな発見を導いてくれ、楽しみを味わえるのが地図帳のよさでもありますね。おとうさんやおかあさんには、今回ご紹介した本をまずは手に取ってみていただき、地図帳を読み込む醍醐味や楽しさをお子さんに教えてあげていただきたいですね。無論、わざわざ本を手に入れなくても、この記事をきっかけにして地図帳と親しむ習慣を身につけるだけでも、お子さんの成長にとってよい影響がもたらされることでしょう。
※分水嶺の看板の写真は、ご紹介した本から転写しました。