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5年生の今月の本


ぬくい山のきつね タイトル ぬくい山のきつね
著者 最上 一平
出版社 新日本出版社
 

 ぬくい山のふもとから坂道を三キロほどのぼっていくと、そこが山腰(やまこし)という字(あざ)で、以前には数十件の家があった所です。しかし、今はおトラばあさんの家があるだけです。

 そのおトラばあさんも、四年前に夫の金五郎(きんごろう)を亡(な)くした時、息子の所の行く話が決まりかけたのです。夫をうしない、何もかももぎとられたように、気力がなえてしまいました。

  しかし、山の畑で、葉っぱの芽が吹(ふ)いているのを見たり、金五郎と植えつけたじゃがいもが、いつの間にか大きくなっているのを見たりしているうちに、気持ちが変わっていきました。野菜たちが育った時に、だれも収穫(しゅうかく)してやらなければ、葉っぱにも、じゃがいもにも畑にも、申しわけないような気持ちになりました。

「やっぱり、おれはこごがいい。こごで死ぬのが本当だ。んだべ? おとっつぁん」 
おトラばあさんは、畑の中に金五郎がいるかのように呼(よ)びかけたのでした。

 季節は九月です。おトラばあさんは、ぬくい山の段(だん)だん畑に白菜(はくさい)の種をまきました。白菜の種をまきながら、おトラばあさんは、ふと亡くなった金五郎のことを思いだしました。そのために種をたくさんまきすぎたおトラばあさんは、
「この白菜で、冬にはつけものをたくさんつくるから、だれか来てくれたら御馳走(ごちそう)するんだがナア」
とつぶやき、少しはずかしそうに笑いました。

 すると、山のしげみがごそごそ動きました。くずの葉をかきわけて出てきたのは、なんと亡くなったはずの金五郎です。

「おとっつぁん……本当に出てきた」

 おトラばあさんはびっくりぎょうてん。

「どれ、おれもひとつ手伝うべ」
と、金五郎はいいました。ひょっとすると、ぬくい山のきつねかもしれないと、おトラばあさんは思いました。そっと金五郎の後ろにまわってみましたが、しっぽはありません。でも、金五郎の鼻の下には黒い無精(ぶしょう)ひげにまじって、三、四本、五、六センチはあろうかというひげが、両わきにピンとのびていました。それが西日にあたると銀色に光りました。まちがいなく、きつねです。

「おとっつぁん晩方(ばんがた)だ。家サ帰るべ。きょうは、うんとうまい御馳走(ごちそう)作る」
「んだば、しまいにするべ」

 種に土をかけ終わった金五郎がいいました。おトラばあさんは、金五郎がのこのこついてきたので笑いがこみあげてきました。きつねだろうが化け物だろうが、金五郎は金五郎です。それに、金五郎に化けるきつねが、悪いやつであろうはずがないと思いました。

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