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5年生の今月の本


小さな町の風景 タイトル 小さな町の風景
著者 杉 みき子
出版社 偕成社
 

 少女の帰りは、毎日おそかった。コンクールのために、合唱部の練習が続いたのだ。小さな町のことである。宵(よい)にもならぬうちから商店は店をしまい、人通りも少ない。なかばそれをいいことに、なかば心細さをまぎらわすために、少女はいつも歌を歌いながら歩いた。

  団地の入り口ちかくに小さなくだもの屋がある。ある日、少女がおそい夜道をいそいでいると、その店がまだひらかれていて、あかあかと灯(ひ)がともっていた。―おや、きょうはなにかあったのかしら。店いっぱいにあふれるオレンジ色の光が、何ともいえずあたたかい。暗い道路にこの店のあかりがさしているだけで、わけもなく心が落ち着くのをおぼえ、少女は歌を口ずさみながら家へといそいだ。

 つぎの日も、そのつぎの日も、少女は、くだもの屋のあかりに守られながら夜道を帰った。ある日、練習で帰りが遅く(おそく)なったので、父親に駅まで向かえにきてもらった。すると、例のくだもの屋が、まだ明るい店をひらいている。―そうか。じゃあ、お礼にリンゴでも買っていくか。あいそのいいおばさんがつつんでくれたリンゴを、少女はしっかりと胸にかかえた。

  コンクールがすみ、少女の日々は平常にもどった。それからまもなくの日曜日。入院した合唱部の友だちの見舞いにいくことになった。  

「――くだもの、ここで買っていこうかしら。あのあかりのことを思うと、ここで買い物をしないと悪い気がする。」

 日よけをくぐり、声をかけようとして、少女は思わず息をのんだ。店の奥から、たのしそうなハミングが聞こえてくる。

 それも、あの故郷(こきょう)を思う歌、少女自身が何百回となく歌いなれたコンクール課題曲のハミングが。ルルルル、ルルル……・。どうしてあの曲を、と思う余裕(よゆう)もなく、少女は無意識に、アルトの部分を口ずさんでいた。

  のれんをひょいとはねて顔をだしたのは、このあいだとおなじおばさんだった。
「おや、あんたでしたか!」
いきなりそう言われて、まごついた少女は、思わず頭をさげて言った。

――ありがとうございました。

  あかりのお礼のつもりだったが、これでは相手に通じまいと思った。ところが――。

【 全国の有名中学入試で、最も頻繁に素材文として使われた作品の一つ。広島の中学校入試でもたびたび使用されました。雪国のちいさな町を舞台にした、こころのあたたまる話の数々をお楽しみください。

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