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5年生の今月の本


銀の馬車 タイトル 銀の馬車
著者 C.アドラー
出版社 金の星社
 

 夏のあいだ、クリスと妹のジャッキーは、しずかな森の中にあるウォーレスおばあさんの家でくらすことになった。ウォーレスおばあさんに会うことはめったになかったから、ふたりとも不安でしかたなかった。おかあさんは仕事でいそがしくて、どうしてもクリスたちといっしょにいられないのだ。わかっていても、不安だった。

「あたしたちをここにおいていかないで、母さん。」

 ジャッキーは泣いた。クリスだって泣きたかったけれど、泣くことができなかった。なぜって、甘えんぼうで目立ちたがりやのジャッキーのめんどうをみるのは、いつもクリスの役目だったから。

 お父さんが家を出ていってからというもの、お母さんはすごく怒りっぽくなった。いつもいらいらして、ぴりぴりとクリスをしかる。お母さんは、とにかくあたしがきらいなのだ、とクリスは思っていた。お母さんが好きなのはジャッキーだけだ、ジャッキーは甘え上手でとてもかわいいから。

 大人はいつでもジャッキーをかわいいと言う。ジャッキーがどんなに困ったやっかいものだとしても……そして、ジャッキーをうとましく思ってしまう自分のことも、クリスはきらいだった。クリスをあいしてくれるのは、お父さんだけだ。

 お父さんがクリスをむかえに来てくれることを、クリスはいつも願っていた。お父さんは、もう1年以上家に帰ってきていない。クリスは手紙を書くことにした。そうして、これからはお父さんといっしょに暮らすのだ。

「きみはわたしの、だいじなだいじな娘(むすめ)だ、クリス。」

 お父さんはきっとそう言って、クリスをつれて行ってくれるにちがいない。

 ウォーレスおばあさんは、とてもやさしい人だった。クリスたちをいちごつみにつれて行き、パンやジャムの作り方を教えてくれた。そして、決して怒ったりしない。

  ウォーレスおばあさんに会うことがほとんどなかったから、好きになることができなかっただけなんだとクリスは思い、おばあさんに言った。
「だってめったに会えない人を、とってもすきになることなんかできないわ。」
「わたしは、いつも顔を合わせてる人をすきになるほうが、ずっとたいへんだと思いますよ。」
  おばあさんは言った。
「その人の欠点が毎日、鼻につくじゃありませんか。そしていいところは、あたりまえのことになってしまう。」

 ある時、おばあさんがクリスにたずねた。
「あなたは父さんっ子?」
「あたしお母さんはきらい。」
  そう言うと、おばあさんの灰色の目が、クリスをたまらない気持ちにするほど、じっと見つめてきたので、クリスは決まりが悪くなった。
「この夏ずっと、あなたたちがおたがいにはなれて休みをとっているのは、たぶんいいことよ。」

 おばあさんは言って、クリスに銀の馬車のことを教えてくれた。おばあさんの部屋にある、銀モールで作ってあるとても美しい馬車。それは魔法(まほう)の馬車で、行きたいと思ったところならどこへでも、つれて行ってくれるのだと……。

 小さな銀の馬車は、魔法の馬車。クリスは魔法の馬車を使って、いろいろなところへ出かけます。けれど、魔法はいつまでもつづくわけではありません。クリスの前にはやがて、今まで気づきもしなかった現実が、すがたを見せはじめるのです……。

【 あなたは、お父さんやお母さんのことは好きですか? きょうだいは? じゃあ、自分のことは好きでしょうか? 人を理解(りかい)することは、かんたんなようで、実はものすごくむずかしいことです。クリスのように、最初はわからなかったいろんなことがわかり、見えなかったものが見えるようになると、人のことをもっと理解できるようになるのかもしれませんね。】

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