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5年生の今月の本


野口くんの勉強べや タイトル 野口くんの勉強べや
著者 皿海(さらがい) 達哉
出版社 偕成社
 

小学6年生の 「ぼく」 は、友だちの勝之(かつゆき)くん、茂(しげる)くん、洋平(ようへい)くん、俊介(しゅんすけ)くん、そして野口泰造(たいぞう)くんの五人で、放課後(ほうかご)はいつも野球をしていた。野球といっても、それは本塁(るい)と一塁があるきりの 三角ベースならぬ 「直線ベース」 のまるっきりの草野球だったけれど、「そういうこの世でいちばん単純そぼくな草野球」 を、五人はあきることなくくり返していた。

 その日も、五人はいつものように野球をしていた。野口くんが、洋平くんの投げた球を打ったときのことだ。いつもろくな球を投げない洋平くんが、その時にかぎってなぜかど真ん中の、ハーフスピードの、まさに打ってくださいといわんばかりの完璧(かんぺき)な球を投げたところに、やはりいつもすくい上げるバッティングしかしない野口くんが、目の覚めるようなすばらしい勢いでその球をふっとばしたのだ。それを見た 「ぼく」 達は口々にさけんでいた。
「すげえ!」 
「こりゃまたどういうこっちゃ!雨がふるぞい!」 
「ひゃっほう!ホームラン、ホームランッ!」

 よく晴れた秋の青空を、野口くんのボールは気持ちよく横ぎり、そして二階だてのアパートの前のブロック塀にあたった。正確(せいかく)には、塀(へい)の前に捨てられた古本の中の一冊にあたって、はね返った。

「うまいこと命中したもんだや。」

 茂くんがわらいながら言った。見ると、野口くんのボールが当たった古本の表紙には、『野口英世』 と書いてあるではないか。白い服を着た野口英世は、本の表紙で右手に試験管、左手に顕微鏡(けんびきょう)を持って、エノコログサのかげから、こちらを見ている。

「おもしれえ。おもしれえ。」 
「偶然(ぐうぜん)っていっても、こりゃすげえや。」

 よりによって野口君の打った球が野口英世に当たるなんてと、「ぼく」 らはおおいにもりあがった。野口くん自身は、いっしゅん何が起こったのかわからずきょとんとしていたが、すぐに事情がのみこめたらしく、ほそい目を大きくしてみせた。そうしてみんなで一通り笑いおわり、さてまた野球を始めようかと思ったところで、野口くんがぼそりと言った。

「あの本……借りてかえっちゃいかんかなあ ……」

 もちろん、その本はすでに捨ててあったものなので、持って帰っていいのだけれど、「ぼく」 たちは一応、アパートの方に向かって、誰にともなくでかい声で 
「借りていきますよっ!」
と叫んでおいた。そして次の日のこと…学校で会ったときの野口くんは、昨日までの野口くんとはあきらかにちがっていた。いつも下がりぎみだったまゆはキリリとつりあがり、同じくいつもやや開きぎみだった口も、くっとひきむすんであった。そして野口くんはこう言ったのだ。

「もう、あしたから、三角ベースはしない……」
「ぼくは、きょうから、野口英世みたいに一生けんめい勉強するんだ。」

  まさか――「ぼく」 らは思った。そう、あの日、野口英世の本をボールではたいて以来、野口くんはとつぜんありえないくらいの勉強家になってしまったのだった――!

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