私は、五年生の終わりから「家庭学習研究社」に通い始めた。先生の授業はとても分かりやすく、問題も驚くほどにスラスラ解けた。しかし、家に帰って復習をしてみると、ついさっきまでスラスラ解けていたはずの問題が、てんでダメ。ノートを見返しても分からず、ため息ばかりついていた。特に算数の苦手な私は、補習時間は算数を選び、
「ここが分からないんです。」
そう言って先生に、授業の中ではちゃんと解けていたということを説明した。すると、意外な返事が返ってきた。
「それは、理解したつもりになっているだけだよ。」
私は面食らった。一度解けたのだから、ちゃんと理解できていると思い込んでいたからだ。
その後は、一度解けた問題でも、繰り返し解くように心がけ、分からない問題は質問するようにした。そうすることで算数もその他の科目も、徐々に点数が上がってきた。
そんな中、後期のテストになってきて成績に大きな波が出始めた。テスト結果を見る度に胸に不安が広がっていった。
(このままで大丈夫なのかな。本当に受かるのかな。)
学校の友達にも知れ渡っている私の受験。毎日のように、
「どう? 合格できそう?」
と聞かれた。それは、家族も同様だった。その度に私は、
「大丈夫。絶対合格するよ!」
と答えた。でも、それは相手への返事ではなく、自分の不安をかき消すための言葉だった。
そんな日々が続き、やがて一週間となったある日のこと。母がふいに小さな赤いものを取り出した。
「何、それ。」
私が聞くと、母はにっこり笑い、私にそれを手渡した。その赤いものは手作りのお守りで、表には『アカリ咲ク』と刺しゅうで書かれ、桜の絵もビーズで描かれていた。お守りの中を見ると、母と弟の心のこもった手紙が顔をのぞかせた。その手紙を読み進めるごとに胸が熱くなった。そして、心から、
<<絶対、何が何でも受かってやる!>>
と心に誓った。
そして迎えた入試当日。手作りのお守りをスカートのポケットに忍ばせ、入試会場へ向かった。
入試が終わったあと、私の顔はくもっていた。何故なら、社会と理科が同時に行われたのだが、社会に時間を取られ、理科に取りかかるときには、残り時間が五分程度しかなかったからだ。だが、母にもらったお守りをギュッと握りしめると、不思議と不安は消えていった。
ドキドキの合格発表。結果は……。
「合格!」
その言葉を聞いたしゅん間、涙が溢れ、母と手を取り合って共に喜んだ。人生初の嬉し涙を流した。
私は、私が今生きていること、合格に導いてくれた先生方、私を支えてくれた家族、全てのことに感謝した。そして、受験勉強の大変な日々が、私にとって人生最大の試練でもあったが、人生最大の喜びにもなった。
私はこの経験を大切な宝物にしたい。